政治、マクロ経済、金融市場などあらゆる面でリスクが高まる中、今日の投資家は戦略的な難題に直面している。こうした環境下でリスクとリターンの好ましいバランスを生み出すためには、幅広い資産クラスにわたるリスク源泉に対する理解を深め、新たなデータ分析手法を採り入れる必要がある。
世界金融危機から10年以上経過したが、その影響は今なお大きく残っている。長年にわたる金融緩和政策により、金利は歴史的な低水準に落ち込んでおり、株式市場のバリュエーションは中立的な水準で推移している。その結果、将来のリターン見通しは一段と不透明になり、投資家は保有資産がもっと働いてくれることを願わざるを得なくなっている。だが多くの場合、それはより大きなリスクを受け入れることを意味する。
リスクを取ること自体は通常の投資の一部であるが、それは非常に大きな課題を伴っている。なぜなら、投資家が直面しているリスクの規模や種類が膨大であるからだ。その一部を次に挙げてみよう。
+ポピュリズムが引き続き伝統的な政治体制を圧迫している。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)や欧州大陸各地で広がっている政治的指向の変化は、これまで主流だった伝統的な政治的枠組みを揺るがしている。米国における2020年の大統領選挙では、型破りのトランプ大統領が再選を目指す一方、対抗する民主党も近年目にすることのなかったような再分配型の経済政策を掲げている。これらすべての動きに共通する背景となっているのは、先進国で多くの人々が大きな不満を抱え、声を上げていることである。
+米国と中国の2国間をはじめとする政治的摩擦が世界貿易の縮小を招いている。それは経済活動に目に見える影響を与え始めており、購買担当者指数(PMI)などの景況感指数に表れている。それは何十年にもわたって進行し、経済成長やインフレ抑制に寄与してきたグローバリゼーションの流れが幅広い分野で後退するという形でも表れている。
+政府による景気刺激策は、各国の債務残高を膨張させている。英国、米国、日本など多くの国々では、国内総生産(GDP)に対する政府債務の比率が100%を上回っている。にもかかわらず、世界の国債の1/3は利回りがマイナスとなっており、マネーの時間価値という基本的な金融の概念と矛盾する現象が起きている。
リターン獲得のためには一段のリスク・テイクが必要となっている中、こうしたリスクの台頭は、資産運用会社にとって困難な状況を生み出している。2000年代に市場が2回の大きなショックに見舞われた後の10年間でリスク管理は著しく進歩したが、多くのアセット・オーナーには当時の心理的外傷が残っており、予測できないリスクに神経質になっているほか、資産保全の必要性を一段と強く意識するようになっているからだ。
そのため、アセット・オーナーやコンサルタント、資産運用会社は、いずれも新たな方法でリスクを検証し、リスクとリターンの相互作用を見極めようとする姿勢を強めている。リスク管理はどのように進歩してきたのだろうか?
その問いに答えるため、4つのリスク管理手法を検証してみよう。
+資産配分
+ファクター・エクスポージャーの管理
+個別銘柄分析
+ビッグデータの活用
レベル1: 資産配分とベータ管理
ほとんどのアセット・オーナーにとって、資産配分は依然としてリスク管理に活用できる最も強力なツールである。長い年月を経て、資産配分は昔の単純な構成やパフォーマンス測定方法を脱却し、より多様な資産クラスをより多様な運用手法で用いるように発達しているほか、リターンのパターンにも着目するようになっている。
最も適切なリスク管理ツールの選択は、リスクに関する各投資家の優先的問題や投資ホライゾン(想定評価期間)に左右されるケースが多い。短期的に資産を守る必要がある投資家にとっては、オプションの活用や機動的な資産配分戦略が当面のテールリスクから資産を保護する上で役立つ可能性がある。しかし、長期的な視点で考える年金基金などの投資家は、短期的な資産価格の下落よりも、長年におよぶ資産と年金債務のギャップの管理により強い関心があるかもしれない。
オルタナティブ戦略には、流動性の高いものもそうでないものもあるが、総じて長期的な分散投資手法として効果的である。なぜなら、それらが創出するアルファ(超過収益)は株式との相関性が低い傾向にあるからだ。流動性の高いオルタナティブ資産は短期的な柔軟性が高く、コストも低くなる可能性がある。しかし、多くの投資家は非流動的な資産を好む。時価評価に伴うリスクが低い上にプレミアムが得られるからだ。これはボラティリティの高い市場環境においては貴重な特性である。
伝統的な株式や債券も、資産配分におけるその役割は変化している。どちらも今ではリターンを追求すると同時にリスクを抑制する資産クラスとして用いられている。例えば、ハイイールド社債ポートフォリオは、景気感応度という面で、コア投資適格債ファンドよりも株式ファンドとの共通性が高いという認識が広まっている。同様に、低ベータあるいはロング・ショート型の株式戦略は、伝統的な株式運用戦略に対しこれまで期待されていたよりもリスクを軽減する役割が大きい可能性がある。
ただ、インデックスとの連動性を示すベータ値は個別銘柄やポートフォリオの感応度を測るひとつの指標に過ぎないということは重要なポイントである。ベータは、レバレッジ、利益のボラティリティ、資産集中度など他のファンダメンタルな指標と複雑な形で結びついている。同様に、リスクも長期的には変化する。現在は中国やブレグジットが投資家の関心を集めているが、1-2年もすれば、それらに代わって新たな予期せぬリスクが登場する可能性がある。そのため、その多くが一時的な要因かもしれない様々なリスクと、様々な投資対象との間にどのような相関性があるかを把握することが重要である。そして、それにはアクティブな運用やモニタリングが必要となる。
伝統的なカテゴリーに囚われず、資産クラス間の関係性に着目すれば、投資家はより創造的にアルファのプールにアクセスし、自らのリターン・ニーズやリスク許容度に即した最善の方法を取ることができるようようになるだろう。
レベル2: ファクターの管理とアルファの測定
リスク管理はまた、投資家がベータやアルファにアクセスする方法に関しても、ファクター・エクスポージャーの重要性により大きな注意が払われるという形で進化しつつある。投資家はベータとアルファへのエクスポージャーをより明確に分離するようになっており、それぞれのコストに対する意識も強まっている。テクノロジーのおかげで、投資家はセクターやファクターなどに対するエクスポージャーを単なる時価総額加重平均ベースだけでなく、他の体系的な方法でリスク管理に取り入れることができるようになった。これにより、異なるリターン・プレミアムにより効率的にアクセスできるが、一方でいくつか異なる問題が発生することにもなる。
まず、全てのファクターを同等に扱うことはできないということである。ルールに基づくインデックスは、そもそもそのルールを定める人間を必要としており、その定義はインデックスの動きに著しい影響を与える可能性がある。特に、クオリティーや低ボラティリティといった、比較的未発達で言葉の意味についてもほとんど合意ができていないような分野で顕著だ。その結果、投資家に同じような特性の提供を目指すポートフォリオの間でも保有銘柄に大きな相違が生じ、リスク・エクスポージャーが異なるものとなる可能性がある。
第2に、ファクターのパフォーマンスはランダムではないということだ。多くの場合、それは経済や金利サイクルの異なる部分に左右される。バリュー・ファクターは景気回復局面でより好調となるかもしれないが、ディフェンシブなファクターが強みを発揮するような景気後退局面では低迷する。様々な戦略のファクター・エクスポージャーのバランスを測定すれば、アセット・オーナーは、どのような資産配分がいつリターンを創出し、いつ損失を被り得るかについて、より明確に把握することができる。
そうした問題があるものの、リターンの要因分解を行うことにより、純粋に運用マネジャーのスキルで創出された真のアルファと、ファクターへのエクスポージャーによる影響から生じたアルファを分離することが可能となる。新しいツールは、アクティブ運用マネジャーが実際に銘柄選択スキルを通じてアルファを創出したのかどうかを投資家が体系的に判断する上で役立つ可能性がある。
多くの投資家は、資産配分の見直しやコスト削減に取り組む中でパッシブ運用に注目している。しかし、パッシブな戦略は相対的なリスクを限定するに過ぎない。ベンチマークに対する相対的なリスクを限定することは、担当者が自らのキャリア・リスクを管理するのに役立つかもしれないが、市場が大きく変動した場合に必ずしもアセット・オーナーのポートフォリオを絶対的なリスクから守ることはできない。
レベル3: 個別銘柄分析によるリスク源泉の再点検
パッシブ運用の人気が高まるのに伴い、一部の投資家は個別銘柄のリスクにさほど関心を払わなくなっている。しかし、無論ファンダメンタルなリサーチや分析の意味がなくなったわけではない。むしろ、今日のポートフォリオ・マネジャーはより優れたテクノロジーを駆使したツールを手にしており、徹底的な銘柄選択プロセスを通じてリスク削減に寄与しうる多くのデータにアクセスしている。
ポートフォリオの絶対ベース及び相対ベースのリスクを真に管理するためには、綿密な個別銘柄分析は不可欠である。マクロ経済分析は金利や通貨の動向を見極めるために役立つかもしれないが、アルファの大半は業界や企業に関する分析を通じて得られるものだ。銘柄選択においては、ホームランを打つことはもちろん魅力的だが、リスクに注意を払うことも同様に重要である。
ある銘柄のリスクが他の銘柄よりも高くなる理由を理解するためには、次の4つのボラティリティ源泉に関し点検してみることが役立つ。
+ビジネスモデル: 景気感応度、需給バランスの変動率、固定コストや営業レバレッジ(売上高の変動に対する営業利益の感応度)などが高いことは、いずれもキャッシュフローを不安定化する要因となるため、株価の不安定性につながる可能性がある。
+資本構造:負債の多い企業は株価のボラティリティが高くなりがちで、金利リスクにもさらされやすい。
+外部要因への感応度: 規制など、企業が自らコントロールできない要因へのエクスポージャーは、リスクを高める重大な要因となる可能性がある。
+市場心理/群集効果: 投資は冷静な分析に基づくものであると考えたいが、感情、流行、群集心理なども株価に大きな影響を及ぼす。
投資家はこうしたリスクを完全に回避することはできないし、すべきでもない。リスクを取るのはリターンを獲得するプロセスの一部であるからだ。むしろ、リスクの源泉を理解することによって、リスクをうまく分散し、あらゆる個別の投資について適切な割引率を適用することが求められる。取ったリスクに見合うリターンを得られるならば、リスクは本源的な悪ではない。
レベル4: ビッグデータや新たな分析手法
リスクも世界的に高まっているが、市場の混乱に対処するテクノロジーも劇的な進歩を遂げている。新たなテクノロジーの登場によって、投資を分析する上でかつてないほど多くのデータが手に入るようになっている。機械学習や自然言語処理などのツールを通じて入手できる情報も、引き続き拡大している。ビッグデータを活用すれば、投資家がこれまでずっと直面してきた問題や議論について、より効率的に、より多くのデータを用いて取り組むことができる。しかし、こうしたデータを評価し、投資に関する見識ある結論を導き出すことに関しては、人間の判断に取って代わるものはない。
また、新たな分析手法も導入されている。例えば、ABでも一部のポートフォリオ・マネジャーは、科学的なリサーチに基づく「クラスター分析」を投資にうまく活用している。クラスター分析は株価の推移に基づく分析法で、直近の一定期間に同じような値動きをした銘柄をグループ化する方法に特徴がある。セクター、国、利益率、あるいはバリュエーションといった伝統的な属性でグループ分けするのではなく、同じような値動きを示しているという事実を、それが妥当であると思われようが思われまいが、そのまま取り入れる。その上で、その値動きのパターンを説明できる要因を探し出し、ポートフォリオに隠れている潜在的なリスクを見つけ出すのだ。これにより、例えば、一見無関係な幅広い業種にわたって、アマゾンの台頭が脅威となっている企業が浮かび上がり、リスク管理に役立つ知見が得られる。
リスク管理に万能薬はない
リスク管理はテクニカルな問題に見えることもある。しかし、リスクは何らかのファンダメンタルな原因に根差していることが通常で、あらゆる問題を解決してくれるような魔法のツールや統計はない。
むしろ、共通のリスクモデルの急速な導入や短期的なリターンを重視する傾向の高まりは、将来的な問題の種を撒いている可能性がある。すべての投資家が同じツールや意思決定ルールを用いて資産配分の決定やポートフォリオの取引を行えば、市場がショックに見舞われた際には誰もが一斉に同じ取引を執行しようとする可能性がある。そうなれば、市場のボラティリティは増幅するしかない。
また、過去の危機や過ちから学ぶことは重要であるが、過去から「学びすぎる」ことは間違っている。投資家の課題は、現在や将来における、これまでとは違うかもしれないリスクを管理することである。近年、世界全体で政治的、経済的な不透明感が高まっていることを踏まえれば、経験則にとらわれすぎないことは非常に重要である。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
オリジナルの英語版はこちら
本文中の見解はリサーチ、投資助言、売買推奨ではなく、必ずしもアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)ポートフォリオ運用チームの見解とは限りません。本文中で言及した資産クラスに関する過去の実績や分析は将来の成果等を示唆・保証するものではありません。
当資料は、2019年9月24日現在の情報を基にアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーが作成したものをアライアンス・バーンスタイン株式会社が翻訳した資料であり、いかなる場合も当資料に記載されている情報は、投資助言としてみなされません。当資料は信用できると判断した情報をもとに作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。また当資料の記載内容、データ等は作成時点のものであり、今後予告なしに変更することがあります。当資料で使用している指数等に係る著作権等の知的財産権、その他一切の権利は、当該指数等の開発元または公表元に帰属します。当資料中の個別の銘柄・企業については、あくまで説明のための例示であり、いかなる個別銘柄の売買等を推奨するものではありません。アライアンス・バーンスタイン及びABはアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーとその傘下の関連会社を含みます。アライアンス・バーンスタイン株式会社は、ABの日本拠点です。
当資料についてのご意見、コメント、お問い合せ等はjpmarcom@alliancebernstein.comまでお寄せください。
「株式」カテゴリーの最新記事
株式市場の見通し:ボラティリティが高まるにつれ、反射的な衝動に抵抗する
市場環境は急速に変化している。しかし、株式ポートフォリオや資産配分を反射的に変更すると、逆効果になりかねない。 米国経済…
「株式」カテゴリーでよく読まれている記事
アライアンス・バーンスタインの運用サービス
アライアンス・バーンスタイン株式会社
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第303号
https://www.alliancebernstein.co.jp/
- 加入協会
-
一般社団法人投資信託協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
日本証券業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
当資料についての重要情報
当資料は、投資判断のご参考となる情報提供を目的としており勧誘を目的としたものではありません。特定の投資信託の取得をご希望の場合には、販売会社において投資信託説明書(交付目論見書)をお渡ししますので、必ず詳細をご確認のうえ、投資に関する最終決定はご自身で判断なさるようお願いします。以下の内容は、投資信託をお申込みされる際に、投資家の皆様に、ご確認いただきたい事項としてお知らせするものです。
投資信託のリスクについて
アライアンス・バーンスタイン株式会社の設定・運用する投資信託は、株式・債券等の値動きのある金融商品等に投資します(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)ので、基準価額は変動し、投資元本を割り込むことがあります。したがって、元金が保証されているものではありません。投資信託の運用による損益は、全て投資者の皆様に帰属します。投資信託は預貯金と異なります。リスクの要因については、各投資信託が投資する金融商品等により異なりますので、お申込みにあたっては、各投資信託の投資信託説明書(交付目論見書)、契約締結前交付書面等をご覧ください。
お客様にご負担いただく費用
投資信託のご購入時や運用期間中には以下の費用がかかります
- 申込時に直接ご負担いただく費用…申込手数料 上限3.3%(税抜3.0%)です。
- 換金時に直接ご負担いただく費用…信託財産留保金 上限0.5%です。
- 保有期間に間接的にご負担いただく費用…信託報酬 上限2.068%(税抜1.880%)です。
その他費用:上記以外に保有期間に応じてご負担いただく費用があります。投資信託説明書(交付目論見書)、契約締結前交付書面等でご確認ください。
上記に記載しているリスクや費用項目につきましては、一般的な投資信託を想定しております。費用の料率につきましては、アライアンス・バーンスタイン株式会社が運用する全ての投資信託のうち、徴収するそれぞれの費用における最高の料率を記載しております。
ご注意
アライアンス・バーンスタイン株式会社の運用戦略や商品は、値動きのある金融商品等を投資対象として運用を行いますので、運用ポートフォリオの運用実績は、組入れられた金融商品等の値動きの変化による影響を受けます。また、金融商品取引業者等と取引を行うため、その業務または財産の状況の変化による影響も受けます。デリバティブ取引を行う場合は、これらの影響により保証金を超過する損失が発生する可能性があります。資産の価値の減少を含むリスクはお客様に帰属します。したがって、元金および利回りのいずれも保証されているものではありません。運用戦略や商品によって投資対象資産の種類や投資制限、取引市場、投資対象国等が異なることから、リスクの内容や性質が異なります。また、ご投資に伴う運用報酬や保有期間中に間接的にご負担いただく費用、その他費用等及びその合計額も異なりますので、その金額をあらかじめ表示することができません。上記の個別の銘柄・企業については、あくまで説明のための例示であり、いかなる個別銘柄の売買等を推奨するものではありません。