米国の政権交代に伴う政策変更は、株式市場全般にわたりリターンを一変させる可能性がある。本稿では、ドナルド・トランプ次期大統領の政権下で生じると見られる課題について投資家がどのように備えれば良いか探ってみたい。
一般的に、米国株式はトランプ氏の政策によって大きな恩恵を受けると考えられている。しかし、政策の変更には時間がかかるし、企業の戦略や業績、投資リターンにもたらす影響は複雑なものになると思われる。このように不確実性が高い中でリスクを察知し、長期的な投資機会を見出すためには、投資家はどのような準備ができるだろうか?
選挙自体に関する見方はさておき、トランプ政権は米国の企業や株式にとって追い風になるというのが市場のコンセンサスとなっている。共和党が上下両院を支配することも政権運営を行い易くする要因となるが、それでも選挙公約を実際の政策に反映させるのはいかなる政権であっても困難なものであり、時間も要する。
トップダウン型変化の影響を理解するにはボトムアップ型リサーチ
トランプ氏は選挙戦を通じ、補助金の停止、減税の延長、新たな関税、規制改革などの政策を目指すことを約束した。総じて、こうした政策の組み合わせは、たとえ経済が力強く成長したとしても財政赤字を拡大させると見られ、実行に移すのは複雑な作業となる可能性がある(以前の記事『米国財政の今後:選挙後の米国の政策が及ぼし得る影響に関する考察』ご参照)。
政治主導によるトップダウン型の変化は予測が難しい。例えば、米国企業による再投資や海外からの直接投資を奨励することで米国への投資を拡大するというトランプ氏の計画は、あらゆる企業や業界に等しく恩恵をもたらすわけではない。直感に反するように思えるかもしれないが、トップダウンによる政策が実現したり失速したりする中で株式投資家がリスクを把握し投資機会を捉えるためには、ボトムアップ型のリサーチ、すなわち変化に対する個別企業のエクスポージャーを理解することが最も効果的であるとアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では考えている。時期尚早と思われる現時点でも、セクター、業界、個別企業のファンダメンタル分析に役立つ4つの主な政策分野に関し考察を始めることができる。
- 補助金が突然なくなることはない
バイデン大統領の主な政策である2022年インフレ抑制法(IRA)に基づく補助金は、トランプ新大統領から政策変更の標的とされそうだ。トランプ氏が化石燃料の生産を後押しし、環境イニシアティブを批判していることを踏まえると、IRAに基づく電気自動車(EV)や再生可能エネルギーに対する優遇措置はとりわけ大きな影響を受けそうだ。しかし、EVへの補助金は確かにリスクにさらされるかもしれないが、持続可能なインフラ関連のプロジェクトの多くが共和党の強い州で雇用を生み出していることを考慮すれば、再生可能エネルギー向け補助金の廃止ははるかに実行が難しいと思われる。
補助金を支出する枠組みとして注目すべきなのはIRAだけではない。2021年に成立したインフラ投資・雇用法(IIJA)はIRAの3倍の規模を持つ。IIJAに基づく1.2兆米ドルに上る景気刺激策は、輸送、水、エネルギー、環境イニシアティブなどさまざまなプロジェクトを支えているが、これまでに支出されたのは約6分の1にすぎない。投資家にとってリサーチ上の課題は、削減されるリスクが高い補助金と、存続しそうな補助金を見分けることにある。
例えば、重要な実物インフラへの投資は、選挙の枠組みを超えて超党派で合意した事項だ。 脱グローバル化(またはマルチショアリング)は、産業の発展を支える製造業や関連インフラ(電力、水、輸送)への投資につながる。 国内の経済活動を加速させることに重点を置く政権は、定義上インフラ投資の加速も支援することになる。 米国内インフラへの投資に対する幅広い支援策は、一部の企業に大きな利益をもたらす可能性がある。
同様に、米国の半導体産業の強化を目的とするCHIPS法も、ほぼそのまま維持される可能性が高い。2022年に超党派の支持を受けて成立したCHIPS法に基づく補助金は、国家安全保障に不可欠とみなされる技術に関する海外依存度を引き下げるために重要な役割を果たすと広く考えられている。
大まかに言えば、存続の危うい補助金に依存した収益構造の企業は厳しく見直さなければならない。一方、堅実なビジネスを営んでいるのに補助金削減の影響を受けやすいと誤解されている企業には、投資機会が生じるかもしれない。
- 減税は事業を改善するとは限らない
トランプ氏は2017年減税・雇用法(税制改革法)に基づき、法人税率を21%に維持すると公約している。選挙運動では、条件付きで15%に税率を引き下げる可能性も示唆していた。法人税の引き下げは企業業績を全般的に押し上げる可能性があるが、減税による収益拡大が長期的な収益力や株式のアウトパフォーマンスを支えると考えることにはリスクがある。
クオリティの低いビジネスや、銀行など他社との差別化が難しいコモディティ・ビジネスを手掛ける企業は、税率引き下げで利益率が上向いた分を、価格引き下げを通じて顧客に還元するケースが多い。これに対し、クオリティの高いビジネスは、税率の引き下げで得た恩恵をより大きく享受することができる。こうした企業は強力な価格決定力を有している場合が多いため、余剰利益を留保して再投資に回すことができる。その結果、収益が拡大したり、リターン創出力が高まることになる。投資家は、税負担の軽減による目先の増益に惑わされることなく、長期的に利益成長を支える事業を重視する姿勢を維持することが重要だ。
- 関税:企業は何を学んだか?
トランプ氏は選挙運動で、関税を貿易政策の中心に据えると約束してきた。同氏は2024年11月25日に、大統領に就任すればカナダとメキシコからの輸入品すべてに25%の関税を課し、中国からの輸入品には10%の追加関税を課す大統領令を出す考えを表明した。実際に施行されれば、新たな関税は海外で事業を展開する米国企業が生産拠点を米国に戻すインセンティブとなる可能性がある。しかし、その影響は必ずしも単純明快なものではない。海外で生産された部品に依存している米国のメーカーは、国内ですぐに代替品を見つけられなければ新たなコスト圧力に直面する可能性がある。こうした問題はリサーチの大きなテーマとなる(以前の記事『貿易戦争と関税が株式リサーチ能力を試す』ご参照)。
詳細が明らかになる前であっても、投資家やアナリストは企業の事業地域や製品が関税によってどのような影響を受けるかについて評価し、適切な対応策を見つけ出すことができる。ここでいう対応策とは、リスクにさらされるポジションを売却することだけを意味するわけではない。場合によっては、価格動向の変化による恩恵を受けそうな企業が被る一時的な混乱を逆に利用することもできる。また、1期目のトランプ政権下でそれぞれの企業が関税リスクにどう対処したか、そして新型コロナウイルスのパンデミック以降にサプライチェーンの強靭性を高めているかどうかを調査することもできる。一部の企業は今後の変化に対する準備をしっかり整えており、それはリスクとリターンのバランスに反映されることになる。
貿易戦争や関税は、企業や投資家にとって起こり得る結果の振れ幅が拡大することを意味する。リスクが大きすぎる場合には、投資家はそこから距離を置き、予測不可能な貿易政策によって直接影響にさらされかねない業界や企業を避けなくてはならない。
関税の影響を受けやすい企業でも堅実なビジネスを展開している場合には、リスクを考慮したバリュエーションに基づく適切な割引率を適用することができる。そうすれば、長期的に獲得し得るリターンがリスクに見合うものであるかどうか判断し易い。また、関税の変動によってその企業がどれほど影響を受けやすいかを踏まえ、ポートフォリオにおけるポジションの規模を調整することもできる。
- 規制はゲームチェンジャーとなり得る
新たな規制や規制緩和は、多くのセクターにおいて十分な注意が必要な要因となる。規制変更がもたらす影響は一面的なものとは限らない。例えば、化石燃料の探査や生産に関する規制が緩和されたとしても、再生可能エネルギー企業が軒並み壊滅的な打撃を受けるというわけではない。再生可能エネルギー分野のイニシアティブは、規制よりも経済性の改善によって推進される側面が大きいため、この業界の企業は個別に分析する必要がある。好ましからざる規制の影響に対する懸念によって健全な再生可能エネルギー企業の株価が下落した場合などには、その銘柄を買い入れる好機が生まれる可能性もある。
また、規制が緩和されれば、一部の巨大テック企業や大手銀行を圧迫していた要因が取り除かれ、M&A活動を後押しする可能性がある。
投資家はまた、司法省、連邦取引委員会、保健機関などの主要ポストに任命された人物に注目し、規制変更がどのように展開するかを読み解く必要がある。厚生長官に指名されたロバート・F・ケネディ氏はワクチンや大手製薬会社に関し独特の考えをあけすけに表明していることから、同氏の指名によってヘルスケア業界の先行きには不透明感が生じている。ケネディ氏の指名は上院で承認されないかもしれないが、もし承認された場合、医療テクノロジー企業から製薬会社まで、ヘルスケア業界のさまざまな企業に及ぼす影響について見直さなくてはならない。一般的に言えば、急激な規制変更が予想される場合には、どんなことがあっても維持できる明白な事業上の優位性を持つ企業に軸足を置くことが望ましい。
規制緩和はさまざまな業界の企業にとって、事業環境を一変させるほど強力な影響をもたらし得る。規制緩和が企業に与える潜在的な影響を分析するには、業界に関する専門知識が必要であり、アクティブ運用にとって有利となる。そうした分析により、投資家は勝者となり得る企業に対して適切なポジションを構築し、敗者となりそうな企業へのエクスポージャーを縮小することができる。 米国の企業や株式に変化が訪れることは間違いない。劇的な変化が起きる時代には、リアルタイムのファンダメンタル・リサーチに基づく規律ある投資プロセスを維持することが不可欠だとABでは考えている。成長株、バリュー株、テーマ株、いずれを重視する投資家にとっても、明確な原則に従って強力なファンダメンタルズを持つ企業を見極めることが、不確実性に対する最善の処方箋になる。銘柄選択やポートフォリオ構築、リスク管理に関するアクティブなアプローチを取ることで、投資家は急速に変化する環境に適応し、新たな政治環境下で生じ得る投資機会を確実に捉えるための適切な資産配分を行うことができるだろう。
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