人権関連の規制は世界中で強化されつつあり、投資家がリスクや機会を評価する際には広範なアプローチが必要となってきている。
人権尊重のためのガイドラインは、企業が負う責任に関する基本原則を形作るのに役立ってきた。しかし、世界各国・地域の政府は次第に、ガイドラインを厳格化した法律を制定するようになっている。法律に違反した企業への罰則は厳しくなる可能性があり、投資家は適切なリサーチを行うことでリスク軽減を図る必要があると、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は考えている。
2024年7月に発効した欧州連合(EU)の企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)は、企業が人権や環境に関して確実に適切に行動するようにするため、規制当局がより厳格なアプローチをとるという世界的な傾向を反映している。
CSDDDが登場するまで、規制制度は法の執行というよりも啓発活動に頼っていた。例えば、2011年には国際連合の「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)」が、国際法上、企業には人権を尊重する責任があることを明文化した。UNGPは法に基づく強制力を有していないが、ビジネスと人権に関する法的枠組みの根幹を成している。
CSDDDはそうしたUNGPの規範や他の自主的制度の特徴を取り入れているが、グローバル純売上高が4億5,000万ユーロ(4億9,300万米ドル)を超えるEU企業や、EU域内の純売上高が4億5,000万ユーロを超えるEU域外企業など、一定の基準を満たす企業に対してはそれらを義務化している。義務に違反した企業には大規模な罰金が科せられ、その額は最大でグローバル売上高の5%になる可能性がある。
企業や投資家にとっての課題はコンプライアンス要件や罰金だけではない。EUの自主的枠組みであるCSDDDのように新たに発効し、法的に強制執行できる規制は、国・地域によって異なる内容になる可能性があるため、企業は複数の要件にさらされることになる。投資家もそうした新たな規制を受け、ポートフォリオのなかでどのように人権尊重の説明責任を負うかについて、より広い視野で考えるように駆り立てられている。
権利が増えれば、リスクも増える
多くの場合、投資家は人権について、不当な低賃金、危険な労働環境、搾取的な労働行為といった劣悪な労働条件の問題と関連付けている。また、多くの企業は、現代奴隷に関するステートメントを公表したり、サプライチェーン全体に労働行為規範を導入することにより、これらの問題に対応している。
しかし、認識されている人権問題の領域は、職場や現代奴隷をはるかに超えて広がっており、健康に生きる権利、先住民の権利、平等に扱われて差別されない権利などを含むようになっている。そして、自主的な規制から強制的な規制へのシフトに後押しされ、投資家はこれらの権利やその他の権利の注視を投資プロセスに組み込みつつある(図表1)。
ケーススタディその1:健康に生きる権利
ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物(PFAS)は、その難燃性、撥水性、撥油性を理由に、さまざまな産業用途に用いられている合成化学物質である。簡単には分解されないことから環境と人体の両方に蓄積し、実際にこれまで深刻な健康上のリスクとの関連が指摘されてきた。そのため、近年ではPFASをめぐる規制措置が大幅に増加している(図表2)。
多くの企業がPFASに関連した大規模訴訟に直面している。例えば、ある大手製造会社は過去20年間に、約4,000件ものPFAS関連の訴訟を起こされた。同社は2023年に、PFASを飲み水から検出した米国の公共水道事業者に対し、今後13年間にわたって103億ドルを支払うことで合意した。しかし、この合意は同社の法的責任の一部を反映したものにすぎず、人体や環境への害に関するものを含めたさらなる訴訟が見込まれている。
ケーススタディその2:先住民の権利
米国にある銅山建設案の用地には、電気自動車やほとんどの電子機器の欠かせない部材である銅が、400億ポンド(1,815万トン)以上埋蔵していると推定されている。しかし、その用地はアメリカ先住民のある部族の聖なる土地である。銅山が建設されれば、幅2マイル(3.2キロメートル)弱、深さ1,000フィート(305メートル)超のくぼ地ができることになる。それによって先住民の聖なる土地を破壊する上、採掘プロセスは年間65億ガロン(2,460万トン)の水を使用し、その水を汚染すると言われている。
先住民は企業活動によってしばしば多大な影響を被っており、こうした紛争が起こるのは珍しくない(図表3)。
このプロジェクトは数多くの訴訟に直面してきた。土地の譲渡や銅山の操業を停止させるべく、先住民グループが提訴したためである。概算見積書によれば、銅山の後援企業らはこれまでに20億米ドル以上を投資してきたが、その進捗は10年遅れている模様である。
ケーススタディその3:人工知能(AI)の活用、特に、平等に扱われて差別されない権利
ある米国企業は2014年に、求人応募者の審査を自動化することを目的とした、AI主導型の採用ツールの開発を開始した。しかし、そのツールは2018年に、女性の応募者より男性の応募者の方を好んでいるとの指摘を受けた。圧倒的に男性のものが多い履歴書の過去データで訓練を積んだためである。同社はそうした世間の批判や規制をめぐる懸念に対応し、そのツールを廃止した(以前の記事『AIをめぐる倫理と規制:迷路を進む方法』ご参照)。
広く考え、深く掘り下げる
人権をめぐる状況が進展することで投資家が突き付けられる課題には、2つの側面がある。第一に、規制が自主的ではなく強制的なものになりつつあり、罰金による影響は企業評価に影響を及ぼすほど大きくなってきている。第二に、投資家は運用プロセスにおいて、より幅広く人権問題を考慮する方向に誘導されつつある。
こうしたリスクを軽減するために投資家に求められていることは、広い視野で考え、深く掘り下げることだとABは考えている。人権問題を可能な限り幅広く捉えてファンダメンタル・リサーチや企業へのエンゲージメント*を行い、これらの権利がどのように企業のサステナビリティ、投資戦略及び目的と関連するのかを理解することが重要になっている。
*ABは、エンゲージメントを行うことが顧客の金銭的利益に資すると判断する場合にエンゲージメントを行います。
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