まだ早いかもしれないが、米国新政権の政策が財政赤字と政府債務にどのような影響を与える可能性があるかについて検討したい。
選挙シーズンに投資家が読み解くべき重要な変数は、政策提案が財政支出、赤字、債務に及ぼす影響だ。米国の選挙結果が明らかになり、共和党が次のホワイトハウスと議会を掌握する中、最初の予測を示す時期がやってきた。
米国では、多額の財政赤字はニュースにならない。新型コロナウイルスのパンデミック以降、戦時下や不況時を除けば赤字は過去最大となり、国内総生産(GDP)の約6.5%に達している。米議会予算局(CBO)は、選挙後の政策変更はないと仮定したうえで、現行の法律に基づけば、赤字は今後10年にわたりほぼ横ばいで推移すると予測している(図表1)。
赤字を削減するには、増税によって歳入を増やすか、歳出を減らす必要がある。増税は政治的に不人気で、歳出削減も人口の高齢化に伴い社会保障やメディケアなどの義務的支出が増えていることを考えると簡単ではない。裁量的支出はさじ加減を加える余地があるが、歳出全体の25%程度にすぎず、その半分は軍事や国防関連の支出だ。議席の獲得や維持を目指す政治家にとって赤字削減は困難な課題で、支出削減が選挙の争点にならなかったとしても驚くにはあたらない。
債務が拡大すれば利払いも増える
赤字削減策を見つけることが既にかなり困難となっている一方で、米政府が抱える債務の利払い額も増加している。連邦政府によると、2021年の利払い総額はGDPの約2.5%だったが、現在は3.5%に近づいている。債務の増加や金利上昇を考慮すれば、その額はさらに増える見通しだ。
ドナルド・トランプ氏が大統領就任の準備を進める中、債券市場は財政赤字や全般的な債務負担の先行きを懸念している。どのような選挙でも、当選した候補者は選挙後に公約を実際の政策に反映させる必要があるが、現時点では、トランプ氏の提案がもたらすコストについて非常に大まかな概算しか提示できない。いくつかの異なるシナリオを検討することで、トランプ氏の政策が米国の財政状況にどのような影響を与えそうか推測することができる。
財政赤字に与える潜在的な影響の評価
責任ある連邦予算委員会(CRFB)は、トランプ次期大統領が提案する財政政策のうち最終的にどの提案が実施されるかによって、2026年から2035年までに赤字額が1兆6,500億~15兆5,500億米ドル押し上げられると推定している。その中央値を取れば、10年間で赤字が7兆7,500億米ドル拡大することになる。ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの予算モデルは、基礎的財政赤字にもたらす影響はネットで4兆1,000億米ドルになると見積もっている。将来の利払い増加を加味すれば、この推計はCRFBの予想に近い水準に達する。
最終的にどの提案が実行されそうかについては意見を控えるが、債務残高にどの程度の影響が生じるかを推定するため、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は最低シナリオとして1兆5,000億米ドル、中間シナリオとして7兆米ドル、最大シナリオとして15兆米ドル、赤字が拡大すると見積もった(図表2)。減税と関税引き上げにより、成長率とインフレ率が若干上昇すると予想されるため、ABはCBOによる名目GDP成長率予測に約0.25%上乗せして予測値を算出した。赤字の増加幅は10年間均等に配分している。
急速な経済成長が見込まれる場合を含め、どのシナリオにおいても、財政措置に関する新たな提案は赤字が拡大することを示唆している。少ないシナリオでは赤字がCBOの予測をわずかに上回る程度だが、中間シナリオでは年間の赤字が8%、多いシナリオでは10%前後増えることになる。赤字の増加は、すでに財政に織り込まれている以上に政府の債務負担が増すことを意味する(以前の記事『The US National Debt: Debt or Alive?』(英語)ご参照)。
債務の増加を食い止めるために必要な経済成長率を算出
このシナリオについては別の考え方もある。それは、さまざまな財政シナリオの下で赤字を削減し、GDPに対する債務比率を安定させるためには、どの程度の名目成長率が必要なのかということだ。
赤字見通しを変えずに名目GDP成長率の想定を変更した場合、財政負担の低いシナリオでは5%、中間シナリオでは7%、財政負担の高いシナリオでは10%の名目GDP成長率が必要となる(図表3)。これらは、GDP比で約6.5%という現在の水準で赤字を安定させるために必要な成長率だ。赤字を削減するには、さらに高い成長率が必要となる。
米国がそうした成長率を達成できる可能性はどの程度あるのだろうか?
CBOの現在の予測では、名目GDP(成長率+インフレ率)は今後10年間に3.8%拡大するとみられており、それはパンデミック前とほぼ同じ水準だ。計算を簡単にするため、それを4%としよう。現在の名目GDP成長率は5%程度だが、インフレ率の低下に伴い低下しつつある。米国では1990年代初め以降、10年間の名目GDPが平均7%の伸びを示したことはなく、平均で10%に達したのは1970年代後半と1980年代初めが最後だった。どちらの時期も、高インフレが名目GDPを押し上げた(図表4)。
債券のリスクプレミアムは拡大している―だが、どの程度なら十分なのか?
債券市場が今後の財政政策を懸念しているのはおかしくない。上記のような財政支出の拡大が部分的にでもその通りになれば、赤字と債務負担は増加する。一方、名目成長率が上昇したとすれば、過去の経験に照らせば、それは主にインフレ率の上昇によってもたらされる可能性が高い。
今の状況ではリスクプレミアムの上昇は避けられず、それは大統領選挙前後における米国国債の利回りの上昇という形で現れた。 プレミアムの「適切な」水準は、実際にどの政策が実行されるかによって大きく左右される。 赤字が拡大すればするほど、リスクプレミアムも拡大する見通しだ。
ただし、ABの推定値は政策に関する限られた情報に基づいており、多くの変動要因によって無限のシナリオが存在する。例えば、人工知能の生産性が大幅に向上すれば、実質GDP成長率が加速し、赤字が縮小する可能性がある。関税や貿易戦争が景気後退を引き起こし、赤字や債務がさらに悪化することもあり得る。あるいは、債券市場の自警団が米政府に支出拡大を思いとどまらせる可能性もあり、そうなればどんな分析も意味をなさなくなる。現時点では、その答えを出すのは時期尚早だ。
たとえ、分析が不確実であるとしても、米国の財政見通しと、それが財政状況と市場に与える影響について考えるのは適切な出発点になると思われる。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版はこちら
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