気候変動が引き起こす社会的リスクを理解するには、各地域の法制度、社会、環境に対する認知などに対して、体系的なアプローチが必要である。
「公正な移行(Just Transition)」という考え方は、責任投資において徐々に浸透している。現在、化石燃料から代替エネルギーに移行するにあたり、各国が直面する様々なリスクが社会や経済に影響を及ぼし始めている。そうしたリスクはとりわけ新興国経済で高くなっているが、体系的に評価できるのだろうか。
簡単に言えば、「公正な移行」とは化石燃料からの移行において必然的に生じるものである。そしてその移行は、各国の社会や経済に及ぼす影響に留意し、現状から近未来においてなるべく混乱させない方法で行うことが望ましい。
移行を誤った方法で行った場合の影響や混乱は、石炭・石油輸出国では重大なものになりかねない。産業の多様化が進んでいない国では特にそう言える。さらにコモディティの需要が減少するにつれ、そうした国の社会や経済は深刻な移行リスクに直面する可能性がある。政府は財政や債務面で困難に直面し、ソブリンの格付けに圧力がかかりかねない。さらに悪いことに、社会や経済において様々な不都合や社会不安によって政治が不安定になり、政権交代にさえ繋がるかもしれない。
それらのリスクを評価する体系的なアプローチを考えるにあたり、ほとんどの国の移行戦略の中心にあるセクターを重視することが重要である。すなわちエネルギー産業、とりわけ(炭素集約度が最も高い化石燃料である)石炭産業である。石炭からの移行がドイツ、ポーランド、英国、米国などですでに進行中であり、政策面の教訓や避けるべき落とし穴を教えてくれる。そうした教訓や落とし穴は、新興国による「公正な移行」の管理方法について、分析する上で有益なレンズになりうる。
政策面の教訓:経験から学ぶ
政策面の教訓は、例えば、労働者の福祉や、経済の多様化、社会及び環境の保全に重点を置いた、政府による全体的かつ総合的な計画立案プロセスが不可欠であることを教えてくれる。「公正な移行」は国・地方自治体の支援やコミットメントなしには成功しえない。
計画立案は不可欠だが、政府が石炭産業地域を多様化させる取り組みでは、現在の産業化水準やインフラへのアクセスといったマクロ経済面の前提条件が、実際には非常に大切である。また、一般的な労働市場保護や社会保障ネットワークは、労働者が他の職業に就くまでの期間、彼らを保護するにあたって極めて重要である。そうした意味では炭鉱の所在地なども重要になる。(新興国の炭鉱の多くが所在する)極めて辺ぴな地域の多様化は難しいためである。
相対的な移行リスクと特定のぜい弱性
アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、過去の政策面の教訓から得た学びを踏まえて、さまざまな主要指標にわたって各国にスコアを付与する「公正な移行指数」(JTI)を開発した。かかるスコアは、その国のマクロ経済の全体的な開発水準、炭鉱の所在地、労働市場やエネルギー市場の構造、公正な移行への政策のコミットメント、移行費用を賄う能力を捕捉することを意図したものである。
定量的に測定するのが比較的簡単な指標(その国の開発水準、労働市場の石炭へのエクスポージャー度、政府予算の対応力など)もあれば、数値化するのが困難な指標(炭鉱の所在地、改革への政府のコミットメントなど)もある。
そうした理由から、JTIは、(最も高リスクを示す)-2から(最も低リスクを示す)2までのスコアを各国に付与する、定性的な指数となっている(図表)。同指数は、その国全体の相対的な移行リスク(スコア平均に含まれる)だけでなく、特定のぜい弱性(個別ファクターのスコア)の指針になるものである。
ただし、投資家にとっては、このようなアプローチの有用性はその体系的な側面のみにとどまらない。そのベースにある定量的なリサーチが、移行リスクのニュアンスを理解するのに極めて重要なのだ。
前提条件が重要な変数である
上述のように、新興国はとりわけ移行リスクにさらされている。例えば、新興国の労働者の権利や機会は先進国ほど広範囲ではない傾向がある。インド、インドネシア、中国では、石炭生産拠点が都市部から離れた地域にあるため、石炭産業に依存する人々に移住という犠牲や混乱を経験させることなく、徐々に他の職業に就かせる機会が限られている。
一方、ポーランドはこの課題の好例である。同国は30年以上前から石炭からの移行を開始しており、スムーズな移行ではないものの、ある重要な側面が奏功している。ポーランドの石炭鉱業地域の多くが、自動車メーカーや情報通信テクノロジーのサービス・プロバイダーなど、主要産業の企業拠点と同じ地域にあるのだ。
また、インドネシアでは状況が異なり、石炭産業がカリマンタンと南スマトラに著しく集積し、東カリマンタンの国内総生産(GDP)の35%を構成している。これらの地域は、インドネシアの人口及びGDPの60%を構成する、ジャワ島とバリ島から遠く離れている。ただし、この課題は、インドネシアの首都をジャワ島の北西沿岸にある現在のジャカルタから東カリマンタンに移転する計画のおかげで、軽微なものになるかもしれない。
現実的かつ利益を得られる可能性があるアプローチ
これらの例が示す政策面のもう1つの教訓は、ステークホルダーの期待をうまくコントロールする必要がある点のほか(ポーランドの例が示すように移行には何十年もかかる可能性がある)、移行戦略は部分的ではなく全体的なものであるべきだという点である。(ポーランドの場合、欧州連合からの資金供給やその他の支援が、鉱業セクターのリストラと新たな雇用の創出を連係させるのに役立った。)
「公正な移行」は、新興国経済や金融市場でも他の国々でも、大規模かつ複雑で長期間にわたる課題である。こうした体系的なアプローチは、定性、定量的なファンダメンタル分析を必要とし、まだ黎明期にあると思われるが、「公正な移行」への関与方法を資産運用業界全体で進めていくことで、より透明性が高まり、リスクの提言、リターンの獲得につながるものと信じている。今後もABのリサーチワークにご期待いただきたい。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版はこちら
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