【ESGの取り組み】
投資家は、生物多様性の重要性と、地球の自然資本(鉱物、土壌、大気、水、すべての生命体を含む、経済と社会を支える天然資源のストック)を急いで保護する必要性について、ますます認識を深めている。債券の発行体は、多額の債務を抱える途上国がぜい弱な生態系を保護するのを支援するため、自然保護にリンクした債券(「自然保護リンク債」)の発行を増やしており、これらの債券の構造を投資家は慎重に評価する必要がある。
生物多様性を保護することは、地球の健全性や、人々の日常生活を支える製品、サービス、経済活動を維持するために不可欠である(以前の記事『生物多様性:投資分析における新たな課題』ご参照)。最近まで、生物多様性は投資家の優先事項の上位にランクされていなかったが、債券の発行体は、自然保護リンク債を筆頭に自然資本を支援するのに役立つ多くの仕組みを活用し始めた。よく知られている環境・社会・ガバナンス(ESG)ラベル付き債券と同様、投資家はこうした投資機会を慎重に調査し、自然保護への貢献度と、投資魅力度を合わせて見定めなくてはならない。
自然保護債務スワップとは何か
自然保護債務スワップは、債務減免分の一部を自然保護に充てることを条件に、途上国が抱える対外債務を帳消しにしたり、一部の返済を免除したりする仕組みである。この取引は、債務不履行に陥るリスクがある国に最も適している(国際連合のサイト「A NEW WAVE OF DEBT SWAPS FOR CLIMATE OR NATURE」(英語)ご参照)。そうした国の債券は額面をかなり下回る水準で取引されているため、買い戻しは債務負担を軽減する費用対効果の高い方法となる。財政状態が改善されれば、その国は、自然保護リンク債の新規発行を通じて資金を調達し、自然保護のため有意義な投資を行うことができる。
スワップの仕組みはさまざまで、複雑になることもあり得る。しかし、取引を成功させるためには2つの要素が不可欠だとアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は考えている。それは、債務減免分の大きな割合を自然保護に振り向けることと、自然保護リンク債の投資家が満足できる利回りを設定することだ。
異なる2つの自然保護リンク債を比較する
最近、まったく異なるソブリン発行体による2件の自然保護債務スワップが行われた。最初がエクアドル(ガラパゴス海洋保護区の支援が目的)で、次がガボン(新しい沿岸海洋空間計画への融資が目的)だった。
米国の政府系開発機関である国際開発金融公社(DFC)は、借り手の国が債務不履行に陥った場合に、当該国が発行した自然保護リンク債を保証する役割を果たしている。エクアドルとガボンはこの保証を利用してAA相当の信用格付けを取得し、自然保護リンク債の資金調達コストを大幅に削減することができた。この保証がない場合、エクアドルとガボンのソブリン債の信用格付けはCCCとなっている。両国の自然保護リンク債はどちらも発行額が小さく、魅力的な利回り水準で発行され、政府の支出を海洋における生物多様性の保全活動にシフトさせる目的がある。しかし、この2つの債券が似ている点はここまでだ。
実質的な債務減免額と、それがキャッシュフローにもたらす恩恵には大きな違いがあった。ガボンの対外債務は額面1米ドル当たり85~97米セントで取引されていたのに対し、エクアドルはわずか40米セントだった。エクアドルが債券を大幅なディスカウント価格で買い戻したことで、同国は低コストで債務が減免され、政府は自然保護活動のためはるかに多額の資金を調達できる可能性を手に入れた。
エクアドルは、自然保護リンク債として発行した「ガラパゴス海洋債券」について、ローンの返済期間中に3億2300万米ドル以上を海洋保護に費やすとの発行条件(米州開発銀行のサイト(英語)ご参照)を定め、これは調達した6億5600万米ドルの約半分に相当する。それに対し、ガボンが自然保護に支出するのは約1億2500万米ドルで、自然保護リンク債の発行で調達した5億米ドルのうち約25%にとどまる。
ガラパゴス海洋債券は、環境保護に振り向ける資金の比率がはるかに高いほか、保護の対象とする地域がはるかに広く、強力な環境保護策が盛り込まれている。これには、船舶監視システムの導入から漂流魚捕獲装置の使用削減、報告プロトコルの明記まで、持続可能な漁業を監視及び管理するための18項目におよぶ約束が含まれる。
また、国家としてのESG慣行や、国際連合の持続可能な開発目標との整合性についても、エクアドルのスコアはガボンよりかなり高かった。エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)によれば、エクアドルはハイブリッド型の民主主義的な体制をとっているのに対し、ガボンは権威主義的な体制だ(図表)。
ABは分析に基づき、エクアドルのガラパゴス債への投資を検討する一方、ガボンの債券については回避するよう推奨した。
より良い成果を求めるエンゲージメント
ABはエクアドルに関する良好な分析結果に基づき、エクアドル側の引受金融機関とエンゲージメント* を行い、投資家としての見方を伝えるとともに、発行条件に関する提案を行った。
ABは、エクアドルの債券発行がもたらす経済的利益の規模、複数の利害関係者に支えられた強固な構造、そして地球上で最大かつ生物学的に最も多様性の高い海洋保護区域のひとつであるガラパゴス海洋保護区にもたらす重要な環境面の利益について、高く評価した。
このエンゲージメントは、債券の発行において魅力的な利回り水準を引き出すことにもつながった。ガラパゴス債の発行利回りは、同等のAA格付けを持つ米国企業が発行する債券の平均利回りを大幅に上回り、シングルAの債券よりも高く設定された。ABがこうしたプレミアムを求めた一因は、この債券独特の構造に加え、自然保護債務スワップ市場の流動性が低く発展途上にあることが、利回りに反映されるべきだと考えたことにある。
このやりとりが成功したことを受け、ABは他の国や金融機関と協力し、この仕組みを他でも活用できるかどうか検討している。国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の際に開発金融機関が最近立ち上げたイニシアティブである「持続可能性に連動した自然と気候のためのソブリン・ファイナンスに関するタスクフォース」も、自然保護債務スワップの規模や件数を拡大することを目指している。
こうした自然保護リンク債に関する過去の取引実績や今後の発行動向にかかわらず、投資家は、それぞれの自然保護債務スワップについて厳格なデューデリジェンスを実施する必要がある。資金が振り向けられる自然保護プロジェクトの実行可能性や、関係する各国政府の財政状況およびさまざまな信頼性について精査することが、こうした債券の投資判断において非常に重要であるからだ。
生物多様性に関する他の重要なトピックの詳細については、以前の記事『生物多様性:投資分析における新たな課題』をご覧ください。
*ABは、エンゲージメントを行うことが顧客の金銭的利益に資すると判断する場合にエンゲージメントを行います。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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