雇用主と従業員の間の新たな「暗黙の契約」が現代の職場を変えつつある。それは、企業に対する従業員の期待の変化や米国などにおける集団的行動の増加といった形で現れている。
雇用主と従業員が互いに対し期待する行動規範は、雇用関係の中核をなす特性である。従業員が企業に対して抱く期待は目に見えにくい場合もあるが、これは雇用主と労働者の「暗黙の契約」の一部であると言える。今、従来の暗黙の契約の基盤となっていた要因に根本的な変化が起きつつあり、それは投資家にとっても大きな影響を及ぼす可能性がある。
職場における暗黙の契約の重要性
業種を問わず、労働者と雇用主は大まかな暗黙の契約、すなわちお互いのコミットメントや期待に関する非公式で、非明示的で、信頼に依拠した合意に基づいて行動している。そうした文書化されていない契約は、短期的には安定しているが、時間と共に進化し、変化していく。
伝統的に、暗黙の契約は社内で完結することに焦点を当てたものだった。従業員の努力、コミットメント、会社への忠誠心と引き換えに、企業は雇用保障、妥当な給与、社内における職種転換の機会などを従業員に提供してきた。
だが、競争圧力が高まるのに伴って、先進国における暗黙の契約は1990年代終盤から変化し始めた。雇用主側のニーズ変化に対応するため、契約条件は、従業員の努力やエンゲージメントと引き換えに、他社でも通用する職務スキルや職務経歴を提供することに修正された。
同時に、企業は雇用保障を弱めるとともに、確定給付年金といった長期的なコミットメントを廃止した。企業はさらに、雇用の保障から、雇用される能力の確保に重点を移した。驚くことではないかもしれないが、企業と従業員の関係が家族的な関係からより取引的な関係へと変化してくるのに伴い、従業員の忠誠心は低下していった。
価値に基づく新たな暗黙の契約
今日、職場における暗黙の契約は、再び数十年に一度の大きな変化を遂げようとしている。従業員は、ここ数年の労働力不足などによって生じた相対的な優位性をてこに、新たな契約を結ぼうとしている。それは、企業側のニーズよりも、従業員の企業に対する期待を重視したものだ。
こうした期待の中でも特に重要なのは、政治的な問題や価値観に関わる問題に雇用主が真摯な姿勢で臨むことである。これには、社会的公正、多様性・公平性・包摂性(DEI)、人権、セクシャルハラスメント、そして投票権をはじめとする政治的問題などが含まれる。その結果、仕事に直結した活動と社会的活動の境界が曖昧になり、従来の組織モデルが覆されつつある。
一例を挙げてみよう。2021年に100社以上の経営トップが、米国において投票権の行使機会を制限しようとする動きに反対する声明を発表した。これは、前年の大統領選挙の結果を巡る政治的抗争を受けた、不在者投票の身元確認厳格化などを含む法案に対する抗議であったが、その背中を押した要因の一つは従業員の圧力だった。また、新型コロナウイルスの感染拡大がピークに達した際に全国的な抗議運動や社会運動が起きたことを受け、多くの企業がDEIイニシアティブへの投資を拡大した。
新たな暗黙の契約の一環として、従業員は雇用主が個人の表現を許容し、家庭の事情やワーク・ライフ・バランスに対応することも期待している。ほんの数年前までは考えられなかったような、柔軟な勤務形態も含まれるようになっている。パワーダイナミクスの変化により、企業はこれまでとは根本的に異なる方法で従業員を受け入れることを求められている。
では、従業員のニーズが満たされない場合はどうなるのだろうか?それはおそらく、新たな暗黙の契約が最も影響を及ぼし得る側面で、例えば職場において集団的な行動が広がる可能性がある。
集団的行動が増えつつある
先進国の多くの地域、特に米国では、集団的な行動が勢いを増している。それは伝統的な労働組合の復活、歴史的に組合が存在しなかった業界において従業員代表を求める活動、そして「従業員リソース・グループ(ERG)」と呼ばれる社内グループ活動の活性化など、さまざまな形態をとっている。この動きがまだ初期段階にある分野もある一方、ここ数年、ウーバー・テクノロジーズ、リフト、スターバックス、アマゾンなどの比較的若い著名企業でも集団的行動が活発化している。
実際、新型コロナウイルスのパンデミック以降、労働者活動は40%増加しており、特に労組を結成しようとする動きが目立っている。全米労働関係委員会によると、2022年7月までにスターバックスだけで7,000人以上の従業員が組合選挙を求め、1年前のほぼゼロから様変わりした。その結果、現在までに360のスターバックス店舗で組合加入が決定されている。
もっとも、米国はまだ他の国々と比べて組合加入率や結成率は著しく低い。この格差の一因は、欧州では法的枠組みがより緩やかで、場合によっては失業保険など社会給付の運営に組合が関与していることにある。米国では労働権関連法や他の多くの要因によって構造的な障壁が生じ、それが過去50年間に組合員数が減少した一因となっている。
しかし、こうした障壁があっても、米国では集団的行動が再び活発化しており、場合によっては伝統的な組合モデルや代替的な従業員代表といった形態をとっている(図表)。
暗黙の契約の変化がもたらした大きな現象のひとつは、伝統的な組合モデルに含まれない従業員による集団的行動が増加していることだ。そのため、労働組合が結成されていない企業でも、従業員グループが集まり、組織全体に影響する問題について議論している。こうしたグループは、利害を共有する従業員で構成するERGの形をとっている場合もある。また、政治的あるいは社会的問題に関する行動を求め、従業員が集団で企業に圧力をかけるケースもある。
投資家は集団的行動に留意すべき
雇用主と労働者の緊張関係は今に始まったことではない。労働需給が和らいだり、ひっ迫したりする中で、労働者の力が強くなったり弱くなったりするのは普通のことだ。だが、新たな暗黙の契約は循環的な景気の浮き沈みへの反応というだけでは説明できない。それは、社会的、政治的、世代的、そして経済的な力が集約されたもので、たとえ労働市場が悪化したとしても、そのパワーは持続すると思われる。
そして、暗黙の契約が変化しつつあることを踏まえると、従来の労使関係のツールやプロセスはもはや十分なものとは言えないかもしれない。業種を問わず、企業は従業員の新たな期待に応えるための新たな組織戦略の策定を迫られている。こうした形で、労働者と雇用主の微妙なバランスは変化を続けている。
投資家は今後、企業が雇用や労使関係にどのように取り組んでいるか見直す必要があるだろう。従来、企業はそれぞれの独自ニーズに合わせて従業員を管理してきた。しかし、従業員が自分たちの期待をより声高に唱えるようになるのに伴い、投資家は外部向けの広報資料と社内における労使関係の実態の差異をしっかり見極められるよう留意しなくてはならない。
投資家はまた、組合活動の再拡大がもはや一過性のものではなくなりつつあることや、その規模についても認識を深める必要がある。集団的行動は、従来は労働者の組織化とは無縁だった業界にも拡大する動きが続くと思われる。こうした傾向は、労働コスト、組織構造、事業戦略に大きな影響を与える可能性がある。
こうした動きはまた、雇用主にも利益をもたらす可能性がある。労組のある企業では、ない企業と比べて自主的離職率の低いことが何十年にもわたり示されているほか、業界や環境によっては生産性も高い。
新たな集団行動は今後もなくなることはないであろう。労使の陣地の境界線は数十年前にはほとんど想像できなかったような形で変化しており、投資家はこうした潮流に対してより感度を高くする必要がある。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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