ESGに関する取り組み】

人的資本への認識が高まる中、企業は従業員に対して、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正さ)、インクルージョン(包摂性)=DEIに関する取り組みを強化している。DEIは包摂的な企業文化に貢献するとともに、それを重視していない競合他社に対する明確な優位性をもたらす可能性がある。投資家にとっては、企業を評価する際にどの基準を重視するかがひとつの成功のカギとなりえる。

人材(人財)は、ビジネスを成功に導く上で、いつの時代も重要な役割を果たしてきた。多様化が進む現代社会では、優秀な人財の確保や顧客との良好な関係構築を目指す企業にとって、自社の人財を有機的に活用することが重要になっている。

ここ数年は、職場環境におけるダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンポリシーの重要性が一段と高まっている。しかし、これまでDEIは投資家のリターンに影響を与えない「ソフトな」テーマとみなされていた。

アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、投資先企業とのエンゲージメントにおいて、DEIの重要性を認識している。

特に、人材の獲得競争が激しいひっ迫した労働市場では、強力なDEIポリシーは企業に競争上の優位性を与え、好ましい企業文化はビジネスのハードルを乗り越える上で大きなプラス要因となり得る。

ABは、DEIに携わった経験のある多くの業界幹部とのエンゲージメントに基づき、投資家が企業のDEIプログラムを評価する際に注目すべき主な基準を作成した。本稿で紹介するリサーチは米国を中心とするもので、参考にする際には地域的な違いを認識していただきたい。

従業員の離職を無視することで生じるコスト

DEIイニシアティブを導入する最も大きな理由のひとつは、付加価値の源泉の喪失などコスト管理の観点にある。まず、企業としては採用候補者や貴重な従業員を失うことは高いコストを伴う可能性がある。優秀な従業員はますますDEIに取り組む姿勢を公に示している企業に目を向けるようになっている。実際、従業員が企業を評価するサイトを運営しているグラスドアによると、2021年は求職者の76%が、就職機会を評価する際にダイバーシティが重要な基準になるとの考えを示した。

DEIを、新世代の従業員に活躍してもらう重要なコンセプトと考えると、逆にそれを無視すれば従業員の離職という形でコストが生じ、利益が損なわれる可能性がある。

マネジメント・サイエンス誌の調査では、製造業の現場において、キーとなる従業員の離職がもたらすコストとして、ミスの増加など生産性が低下することなどが指摘されている。研究者らは4年間にわたり、ある大手家電メーカーの人員配置と、約5,000万台に上る消費者向け携帯端末部品の品質との関係について調査した。その結果、給料日後の最も離職率の高い週には、不良品とみなされるフィールドエラーが、給料日前の最も離職率の低い週よりも10%以上多く発生したことが判明した。それ以外の週でも、離職率の高い組立ラインでは、平均で2-3%多く不良品が発生したと推定される。そのコストは数億米ドルに上った。

同様に、ABのリサーチによると、性別のダイバーシティに関する指標を報告しているグローバル企業のうち上位5分の1は、スコアが低い企業に比べ、3年間に株価が約4%アウトパフォームした。時間軸をやや長くしても、同じような結果が得られた(以前の記事『ダイバーシティは企業のみならず、投資家にも恩恵をもたらす』ご参照)。

では、企業はどのようにしてそれを達成するのだろうか?

ABは小売業界とテクノロジー業界で最も成功している企業を調査し、いくつかの共通点を発見した。

DEIは企業のDNAの一部となり得る

DEIに関する取り組みと責任は、すべての事業部門にわたる役職員が担っている。一部の経営陣や従業員グループだけで組織全体の成功に責任を持つことはできない。ABは、DEIの機能が組織全体に広く浸透し、企業のDNAの一部となることが重要だと考えている。

しかし、効果的にDEIを浸透させるためには、まずは経営陣がイニシアティブをとる必要がある。そして、職場のリーダーやサポーティブな役職員をDEIの取り組みの中心に据えることが必要で、人事部門や特定のグループだけに頼るだけでは十分と言うにはほど遠い。

米国ミネアポリスに本社を置く小売り大手のターゲットは、そのいい例だ。同社は組織全体のDEIを推進するため、それぞれの事業グループが企業の戦略に沿って独自のDEIアプローチを取り入れている。それぞれのグループはDEIに関する目標を定め、その実行方法と成果に対するリーダーを定めている。

ある物流会社では、性別のダイバーシティを高め、指導的役割を果たす女性の数を増やす必要があると認識し、DEIのイニシアティブを事業目標と関連付けた。この会社では、女性が率いるチームによる売上高を年末までに会社全体の30%以上に引き上げるという目標を設定した。

啓蒙活動や人材(人財)育成はダイナミックに

DEIに関する啓蒙活動や人材育成は企業文化の基盤となるもので、年1回のトレーニングなどにとどめるのではなく、状況に応じて漸進的に行う必要がある。分散型ビジネスモデルを持つ企業の場合、トレーニングは本社だけでなく、事業展開している地域との関連性を考慮して実施することが重要である。

DEIに関わるリーダーは、標準的な無意識バイアスのトレーニングだけに限らず、その他多様なトレーニングを受けている。これらの企業では、インクルーシブ・リーダーシップが中核的能力として職務記述書に明記されるケースが多く、業績評価の材料となるほか、組織の最高レベルによる支援を受けることができる。

ある大規模な多国籍企業では、自分の行動が多様な従業員の開放性に関する認識に影響を与えていることを役席が理解し、態度や行動に注意を払うことで好ましい企業文化の醸成に貢献できるよう、インクルージョン・プログラムを導入した。

メンタリングやスポンサーシップは双方向で活用

メンタリングやスポンサーシップ・プログラムも、ダイバーシティを推進する貴重なツールとなる。これには、ネットワーク構築やキャリア開発に向け、高い潜在能力を持つ人材の支援を目指したプログラムが含まれる。

スポンサーはフィードバックを与えたり相談に乗ったりするだけでなく、他の上級幹部と協力して自らの影響力を利用し、若い従業員を支援するとともに、意思決定権を持つ主要メンバーの考えが伝わりやすくする役割を果たす。ナイキやTモバイルはそうした目的に基づき、女性やさまざまな従業員の職場におけるキャリア推進を目指したスポンサーシップ・プログラムを導入している。

メンタリングも人材(人財)を開発し、世代、人種、民族、性別の違う従業員を結びつける上で効果を発揮しうる。さまざまな世代が働く今日の職場では、メンタリングは双方向に作用する可能性がある。若手社員がメンター役となるリバース・メンタリングは、シニアリーダーにとって、自分たちの仕事について異なる視点を持つ機会をもたらし、意思決定の改善につながる。

ABは医療関連の情報技術プロバイダーであるIQVIAと協力し、米国の従業員向けのリバース・インクルージョン・メンターシップ・プログラムについて理解を深めている。このプログラムは、シニアリーダー(メンティー)が、社員(メンター)の職場における経験を理解する一助となっている。それを通じたディスカッションは、お互いが協力し、情報を提供することを目指すもので、ポジティブで信頼できる環境の中で知識を共有することにつながった。

DEIの進捗状況はどのように測定するか

DEIプランの範囲にかかわらず、最も良く組み立てられたプランを成功させるには、目標に向けた進捗状況を測定するツールなどを用いた綿密なデータ分析が必要となる。ここでは、好ましい例をいくつか紹介したい。

  • リスニング・アーキテクチャーの導入

多くの企業はDEIの進捗状況を測定するツールとして、リスニング・アーキテクチャーと呼ばれる手法を取り入れている。これは、社内調査、世論調査、フォーカスグループ、ディスカッションフォーラムなどを駆使し、対象者相互にアクティブ・リスニングを実施するものである。企業は役職員との対話集会、リーダーのメモ、企業のウェブサイトなど、さまざまな方法を通じてその結果を伝えるとともに、具体的なフィードバックや役職員によるアイデアを紹介することができる。

退社する従業員へのイグジット・インタビューも、リスニング・アーキテクチャーの一例である。このインタビューは、企業のDEI慣行についてフィードバックを受ける貴重な機会となる。DEIチームのメンバーがインタビューすれば、役職員はより実行可能な情報を提供してくれる可能性がある。ある半導体製造会社は、主にマイノリティや女性幹部に焦点を当てた正式なイグジット・インタビューを実施し、DEIに関する潜在的な懸念がないかどうか点検している。

  • マネジャーのインクルージョン・プレイブック

より包摂的な企業文化を作り上げようとするマネジャーは、インクルージョン・プレイブックの必要性を説く。プレイブックは1つのトピックに特化したものではなく、採用、入社、育成、報酬、健康、さらには共感性といった性格の評価など、役職員のライフサイクル全体をカバーしている。その目的は、DEIを役職員の慣行に浸透させるために、マネジャーが実践できる日々の行動を示すことにある。

重要な点は、このプレイブックが中間レベルのマネジャーのためだけにあるわけではないことである。社内で最も大きな影響力を持つマネジャーもそれに関わらなくてはならない。なぜなら、彼らは企業文化や職場環境を作り上げる上で重要な役割を果たすことが多いからである。

  • DEIの分析とスコアカード

DEIプログラムを導入している企業の多くは、社内の分析リソースの少なくとも一部をDEIの評価に振り向けている。

半導体メーカーのエヌビディアには、社内のさまざまな分野から役職員のデータを収集するインサイト・チームがあり、人事部門の分析チームと密接に協力し、継続的に改善すべき分野を把握している。同社のビジネスリーダーは、役職員の報酬や昇進など人事に関する意思決定を行う際に、この細分化されたデータを活用することが推奨されている。

ダイバーシティへの取り組みを評価するには、豊富な定量的データが含まれる分析スコアカードが役立つこともある。マネジャーはこのスコアカードを活用することにより、人種や性別ごとに採用、人員減、昇進について、分かりやすい方法で評価することができる。これは単なる進捗状況の報告書や経営幹部による要約ではない。むしろ、豊富なデータに基づく分析を通じ、将来の意思決定に役立てることができる。

データは最低でも月に一度は更新され、マネジャーはいつでもリアルタイムでスコアカードにアクセスすることができる。そのサンプル・スコアカードは、職種、仕事の満足度、勤続年数、勤務評定といった一連のインプットに基づき、ダイバーシティに関する会社全体の取り組みを評価している。

ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、従業員分析スコアカードの各項目には、会社が設定したそれぞれの部門の戦略的DEI優先課題の達成状況に応じて、緑、黄、赤のステータスが付与されている。

DEIのディスクロージャー:さらなる透明性が必要

役職員が会社の財務状況や事業の重要成功要因(KSF)など成果を測る指標について情報を得ておく必要があるのと同時に、DEIに関する指標も多くの役職員と共有されなくてはならない。透明性が高ければ、組織全体の信頼感や当事者意識を高めることができる。

多くの企業がハラスメントや差別、行動規範に関するポリシーを定めているが、DEIに関するポリシーを正式に定めている企業はまだ少ない。実際、ラッセル1000指数を構成するほぼすべてのセクターで、3分の1以上の企業が役職員の人種や民族に関するデータを公表していない(図表)

また、2022年6月時点では、S&P 500指数構成企業の3分の2近くが雇用機会均等に関するデータを公表しており、さらに22社が年末までに開示することを約束した。これら300社以上のうち、55社は特定の有色人種の役員がおらず、同女性の役員がいない企業は101社、某地域の役員がいない企業は25社あった。また、フォーチュン500社のうち、DEIレポートを毎年発行している企業は79社のみで、76%がダイバーシティに関する目標を設定していなかった。

新たな規制要件によってDEIがさらに拡大する可能性

企業がビジネスや社会にもたらすDEIポリシーの恩恵を重視する一方で、規制に関する要因も行動を促している。米証券取引委員会(SEC)は2020年にレギュレーションS-Kを改正し、事業を運営する上で設定した目標を含む人的資本リソースの開示を企業に義務付けた。企業の解釈次第では、この人的資本リソースには理論上、DEIに関する取り組みが含まれる可能性がある。しかし、SECは人的資本を構成する要因について定めておらず、企業自身にその判断を委ねている。

今、SECに対し、従業員の性別やダイバーシティに関するデータを含むDEIイニシアティブの開示を企業に義務付けることを求める圧力が高まっている。DEIに関する開示義務の範囲はまだ決定されておらず、その期限も決まっていない。しかし、企業はその動きから目を離してはならない。法律事務所のカークランド・アンド・エリスによると、「今後打ち出される規則には、現在のSEC規則よりも規範的な要件が盛り込まれる見通しで、監視と検査が強化される可能性がある」という。

ABは企業に対し、新たな開示要件が定められる可能性を考慮するよう促している。SECの報告要件に先んじて対応できる企業は、最終的に投資家にとってリスクが低くなる可能性があるからだ。

DEIはビジネスを発展させる

今のところDEIについてリスクやコストの観点からみている企業が多い。ビジネスの目標を支える好ましい企業文化の一部として中心的な要素と考えている企業はまだ少ない。ABはDEIの取り組みについて、規制上の要件を満たすためではなく、ビジネスに役立てるために導入すべきだと考えている。1回限りの取り組みでは、システム的な問題に対処するには不十分で、より大規模な戦略的プランの一環としてDEIを取り入れることが重要になる。

最終的には、成功の基準を決めるのはそれぞれの組織で、会社の現状、進むべき方向、そしてそこに到達するための計画を考慮しなくてはならない。ABはDEIへの取り組みを通じて効果的な人材(人財)パイプラインを構築することで、企業と投資家の利害を一致させることができると考えているが、それには会社全体にDEIを広める以上の努力が必要になる。DEIプログラムの効果を高めるには何が必要であるかを理解することで、投資家は人材(人財)に関する企業の競争力を把握することが可能になり、先見性のある投資家はリスク管理や潜在的な投資機会を評価する重要な要素としてDEIを取り入れることができる。

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版はこちら
 

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