ロシアによるウクライナ侵攻は、人々に甚大な苦しみをもたらし、欧州における従来の政治的コンセンサスを根底から覆した。また、西側諸国がロシアの石油やガスに代わるエネルギー源の確保に苦しむ中、環境問題の優先度が低下しかねないとの懸念も高まっている。しかし、データはそうした懸念とは異なる動きが進んでいることを示唆している。世界的にエネルギー転換が加速しているほか、紛争を受けて再生可能エネルギーの持続的な成長を求める声が勢いを増しているのだ。
 
 

再生可能エネルギーへの投資が急増へ

国際エネルギー機関(IEA)が作成した、2050年までに世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにするためのロードマップ 「Net Zero by 2050」 によると、少なくともウクライナ侵攻以前には、世界には2050年までに予想される需要を満たすのに十分な操業中の油田やガス田、炭鉱があった。しかし、再生可能エネルギーによる発電能力や需要側のエネルギー効率向上は、目覚しい進歩を遂げてはいるものの、目標には届いていなかった。IEAは「ネットゼロに向かう道は狭く、その道から外れないようにするためには、利用可能なすべてのクリーンで効率的なエネルギー技術を、迅速かつ大規模に開発する必要がある」と指摘している(図表1)。
 

 
 
 
石油やガスの価格が世界的に上昇し、西欧諸国ではガスの絶対量が不足している今(以前の記事 『世界はロシアの石油なしでもやっていけるか?』ご参照) 、消費を効率化するとともに、ロシア産の石油とガスへの依存を段階的に脱却して再生可能エネルギーに置き換える必要性が高まっている。軍事行動による現実的な脅威やエネルギー安全保障の必要性に対応するため、今後はクリーンエネルギーへの投資が急増すると予想される。
 
それでも、再生可能エネルギーの生産拡大が進む過程では、西側諸国はロシア産の石油・ガス供給減少に伴う当面のエネルギー不足を回避する方法を見つけ出さなければならない。この問題に対処することで、石油やガスの探査および生産は一時的に拡大すると見られるが、化石燃料からの脱却に向けた長期的な潮流が停滞することはないだろう。
 

石油・ガス・電力・炭素排出権の価格上昇で、再生可能エネルギーがより魅力的に

西側諸国にとって、ロシアによるウクライナ侵攻は、再生可能エネルギーの生産能力を確実で持続可能なエネルギー・インフラの一部として大幅に拡大すべきとの見方を後押しする要因となっている。事実上、ウクライナ危機は、エネルギー安全保障の必要性を浮き彫りにすることで、世界的なエネルギー転換を喫緊の課題にしている。
 
数年前までは、化石燃料が歴史的に見ても割安であったため、再生可能エネルギーはようやくコスト競争力を持ち始めたばかりだった。しかし、何年にもわたり安定的だった欧州や米国の電力価格は、最近では天然ガス価格の上昇や需給バランスの逼迫を受けて高騰している(図表2、右図)。
 
ロシアによるウクライナ侵攻は、今後の見通しに大きな変化をもたらした。エネルギー安全保障問題の重要性が高まっているほか、石油、天然ガス、電力価格の上昇により、化石燃料と比較した再生可能エネルギーの経済性が改善している。エネルギー価格の上昇や不安定な動きは再生可能エネルギーの相対的な魅力を高めるし、電気自動車(EV)のような最新テクノロジーを割安にする。炭素排出量取引価格が上昇していることも、クリーンエネルギーの魅力を高めるもう一つの要因となっている(図表2、左図)。
 
 

 
 

再生可能エネルギーは価格競争力を持つように なり・・・

IEAなどの専門家は、風力発電や太陽光発電は今や世界の3分の2の国々で化石燃料発電に対し価格競争力を持っているか、むしろ割安になっていると考えている。その結果、現在では再生可能エネルギーへの直接的な補助金はおおむね廃止されている。
 
再生可能エネルギー関連資産の市場価格は急上昇しており、再生可能エネルギーによる発電が今や十分にコスト効率が高く、投資家にとって魅力的なものになったことを示している。投資家は現在、既存のクリーンエネルギー資産に対し、2年前と比べ1.5倍から2倍の金額を支払っている。
 
再生可能エネルギーに対する旺盛な需要を測るもう1つの方法は、再生可能エネルギー生産会社と消費者の長期エネルギー購入契約である電力販売契約(PPA)価格の動きを追跡することだ。2020年前半以降、この価格は欧州全域で大幅に上昇している。
 
PPAでは長期にわたり購入価格が固定されるため、化石燃料の価格が不安定な動きをしている時期にはとりわけ魅力的である。航空会社など大量のエネルギーを必要とする企業にとって、再生可能エネルギーの購入はクリーンなサプライチェーンを構築することにつながり、社会的評価の面でもプラスとなる。
 

・・・投資にとって魅力的な特性を備えている 

こうした動向から、クリーンエネルギー・プロジェクトへの投資は、ディフェンシブなリターン特性を持ちながら、比較的予見性の高い長期的成長の可能性を提供し得ると考えられる。
 
例えば5年から10年といった中期的な視点で考えれば、クリーンエネルギーについては力強く安定的な成長ストーリーを描くことができる。エネルギー転換プログラムが成長をけん引する最大の要因だが、さらにエネルギー安全保障の必要性も高まっている。そして、それ以外にも2つの要因が再生可能エネルギーの成長を後押しする可能性がある。第1に、エネルギー需要は通常、経済成長とともに拡大し、その関係はエネルギー効率が大幅に向上しない限り崩れない。第2に、化石燃料価格が高止まりしていることも、クリーンなエネルギー源の導入ペース加速に貢献しそうである。
 
これらの要因が重なり合い、クリーンエネルギーは予想しうる将来にわたり、最もディフェンシブ色の強い成長セクターのひとつとなるだろう。クリーンエネルギーは石油やガスと同様に、インフレに対するヘッジ手段として利用し得るという魅力もある。また、エネルギー消費や炭素排出量の削減(以前の記事 『カーボンハンドプリント-炭素排出をどれだけ回避したか?気候変動の改善に着目した新しいアプローチ』ご参照) に役立つ製品やサービスを提供している企業も魅力的かもしれない。
 

エネルギー転換に向けた投資はすでに加速し始めている

2021年はエネルギー転換に向けた支出が世界全体で30%増加した。ブルームバーグNEFの統計によると、2020年は19%増で、2014年から2019年までの伸び率は平均で年率10%だった(図表3)。
 
 

 
 
 
消費者も素早く適応している。例えば、自動車販売が全般的に低迷する中、2022年は世界のEV販売が力強い拡大を続けており、2022年1-3月期の販売台数は200万台と、前年同期比で75%増加した( 「グローバルEVアウトルック」より) 。
 

再生可能エネルギー生産能力の拡大はボトルネックに直面

欧州連合(EU)の REPowerEU 計画に代表されるように、欧州をはじめとする各国政府は、脱炭素化目標の前倒しや新たな再生可能エネルギー・プロジェクトや省エネルギー政策に迅速に取り組んできた。しかし、これらの野心的なプログラムは現実的な障害に直面している。
 
理論的には、太陽光発電や陸上風力発電の能力を拡大したり、水素の役割を拡大したりすることは、比較的迅速に実現できるはずである。しかし、現実的には、労働力、サプライチェーン、計画の許認可などの問題がボトルネックとなっている。また、真にクリーンな水素を供給するには、再生可能な資源から水素を作り出す必要がある。再生可能エネルギーのシェアを高める上で水素が大きく貢献できるほど余剰なクリーンエネルギーが得られるのは、2030年代以降になる可能性がある。また、欧州をはじめとする各国政府は
計画に対する規制を緩和したいと考えているかもしれないが、強い反対に直面する場面も予想される。
 
金属や部材の価格が上昇していることを踏まえれば、コストもさらなる制約要因となる。そのため、エネルギー転換の道のりには紆余曲折がありそうだ(以前の記事 『再生可能エネルギーへの道筋は意外と複雑』ご参照) 。
 

エネルギー構成に石油やガスは引き続き必要

ロシア産のエネルギーの代替を見つけ出すのは骨の折れる作業になる。現実的な障害を考えれば、再生可能エネルギーだけでは5年間程度のタイムスパンでその穴を埋めることはできない。
 
世界の石油生産能力は今のところ、2%未満しか余力がない(サウジアラムコ調べ)。航空業界による需要が正常化したり、中国における「ゼロ・コロナ政策」が終了したりすれば、たちまち余力がなくなる可能性がある。ウクライナ危機は、すでにひっ迫している供給をさらに悪化させている。既存の石油やガスを世界全体に再配分するのは、簡単なことではない。例えば、米国やアジアの液化天然ガスを欧州全域に輸送するためのインフラ整備は、数年がかりのプロジェクトとなる。
 
そのため、エネルギー安全保障の観点からは、油田やガス田の探査を続けることも必要である。だが、エネルギー業界にとっては、そのニーズに応えるのはジレンマを伴う。なぜなら、石油・ガス会社は、炭素排出が少なく安定的な化石燃料プロジェクトに要する設備投資について、プロジェクトの期間(通常10年間)を通じて各国政府が後押ししてくれるという保証が必要だからだ。政府の支援がなければ、石油・ガス会社は必要な資産を開発することが難しい。一方、政治家もエネルギー転換に伴うコスト負担を消費者に求めるために、難しい決断を迫られることになる。
 

投資家も重要な役割を担っている

石油・ガス会社を排除しようとする投資家の姿勢は、これらの企業による上流部門への投資意欲を損ない、キャッシュフローを自社株買いやエネルギー転換向けの投資に振り向ける動きを招いている。その結果、新たな石油・ガスの供給は抑えられ、価格は長期にわたり高止まりすることになろう。特に新興国の低所得者層は、それによって最も大きな打撃を被りそうだ。新興国は、エネルギー安全保障が得られなくなるばかりか、石油・ガスの価格が上昇し、入手が困難になるため、単に石炭を大量に燃やすことになりかねず、そうなれば環境破壊に拍車がかかる。
 
石油・ガス会社の経営陣を無視したり、保有銘柄を売却したりするのではなく、これらの企業に積極的に関与し、行動を促す投資家は、企業による着実なエネルギー転換計画を支えることができる。再生可能エネルギーは引き続き急成長しているが、エネルギー構成に占める比率は比較的小さいため、石油・ガス会社は今日の経済にとって依然として欠かせない存在である。この事実に目を向けようとしない投資家は、進歩を促す責任を放棄することになる。投資家は積極的に関与することで、現在のエネルギー危機の影響を軽減し、世界中でクリーンエネルギーに向けた秩序ある前進を後押しするために重要な役割を果たすことができる。
 
 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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