世界の主要中央銀行が金融政策の正常化を進めている中、2019年のマクロ経済環境を見渡すと、成長とインフレのバランスが以前ほど良くない方向に向かっているように見える。単に成長率が長期トレンド水準に戻りつつあるだけではあるが、厳しさの増す年となりそうだ。特に、ポピュリスト的な政策と中国が大きなダウンサイド・リスクとして市場にのしかかっている。

2018年は楽観論が後退し、ボラティリティが台頭 

2018年を振り返ると、年初は世界経済がついに10年前の世界金融危機の影響から脱却したとの期待が高まった。景気循環を測る指標の大半は明るさを増し、多くの国や地域が足並みをそろえて成長した。

だが、そうした楽観ムードは長くは続かなかった。1-3月期には早くも欧州の経済指標に亀裂が現れ始め、それは欧州以外の地域にも広がった。米国経済は予想を上回る成長を達成したが、それでも世界の成長見通しの悪化を食い止めることはできなかった。さらに、ここへきて中国を巡る不安が高まりつつある。

世界経済はなぜ減速したのだろうか。2019年について考える上で、我々はそこから何を学ぶことができるのだろうか?

成長は鈍化するが、長期トレンドへの回帰にすぎない 

2017年は世界金融危機以来、世界経済が経済、政治、金融に関する何らかのショックに見舞われずに済んだ初めての年だった。比較的平穏な動きは、成長の足取りを固めるのに寄与した。緩和的な金融政策が続けられたほか、世界貿易の拡大によって各国経済に力強い相乗効果がはたらき、多くの国々でトレンドを上回る経済成長が見られた。

しかし、2018年はそうした明るい要因が徐々に薄れてきた。世界貿易は減少に転じ、前年の平穏な環境に代わってポピュリスト的な政治圧力が高まった。後者は、貿易摩擦の激化という形で最も顕著に表れている。世界各国の政策は、総合的に見れば引き続き景気拡大を支える役割を果たしているが、米国では財政刺激策が重視される一方で金融緩和が後退した結果、米国債利回りが上昇し、米ドル相場が押し上げられた。これは、新興国市場にとって逆風となった。

こうした環境を踏まえれば、米国以外のほぼすべての地域で成長が鈍化しているのは驚きではない。しかし、全体像を正しく把握することが重要である。今起きているのは、経済の急激な失速や景気後退ではない。より長期トレンドに近い成長ペースへの回帰に過ぎない。

多くの投資家にとって最も重要な問題のひとつは、世界経済の減速がインフレ率や中央銀行の金融政策にどのような影響を与えるかという点であろう。

ポピュリスト的政策が物価上昇を後押し 

急激な景気失速の可能性は低い上に、設備稼働率も高水準で推移しているため、成長鈍化が自動的にインフレ率の低下につながると考えるのは間違っている。2018年最も目立った現象の1つは、世界的に労働市場のひっ迫がとうとう賃金上昇につながり始めたことだ(図表1)。失業率と物価の関係を表すフィリップス曲線は、その有効性を疑問視する声がここ数年高まっていたが、どうやら依然として機能しているようだ。

労働市場のひっ迫が賃金インフレに波及.png

しかし、インフレ見通しに影響を与えるのは景気循環要因だけではない。ここ数年は構造的要因もインフレ率を抑圧してきた。人口動態の面から見れば、労働年齢人口の増加が賃金を通じたインフレ圧力を抑えていたほか、グローバリゼーションの進展に伴う中国の安価な労働力の影響も大きかった。一方、需要側では緊縮気味の財政政策や民間セクターにおける債務削減の動きが総需要を伸び悩ませ、インフレ抑制に寄与している。テクノロジーの進化もインフレを抑える上で重要な役割を果たしている。

テクノロジーを別にすれば、2019年以降はこうした要因がインフレに与える影響が薄れていくと考えられる大きな理由がある。場合によっては、それらはむしろ遠くない将来に物価上昇圧力となる可能性すらある。例えば、グローバリゼーションはポピュリズムに屈し始めている。ABでは、そのトレンドは今後数年にわたって加速し、インフレ率を押し上げる主要因の一つになると考えている。

成長率が低下する一方で、インフレ率は上昇へ  

ABは、これまでいくつかのレポートで、ポピュリズムの拡大には「跳ね橋の引き上げ」(貿易、資本移動、人の移動の制限など)、既存秩序の衰退(中央銀行の独立性軽視、財政規律の軽視、法治主義の軽視、主要産業における企業再国有化など)、再配分(企業や高所得者への課税強化、最低賃金引き上げや労働規制強化、賃金の団体交渉、価格統制など)という3つの経路があると指摘してきた。そして、これらのすべてが、今やインフレ率を押し上げる要因になりそうな雲行きなのだ。これは、ポピュリスト的な政策のほとんどがネガティブなサプライ・ショックと見なすことができるからである。成長の単位あたりのインフレ圧力を高め、成長とインフレのバランスを好ましくない方向に導く可能性がある。

その兆しはすでに現れている。英国が欧州連合(EU)離脱を決めた2016年の国民投票は、同国の潜在的な成長力を引き下げる結果となった。英国では需要の伸びが鈍化し始めたにもかかわらずインフレ率が高止まりしており、イングランド銀行(中央銀行)が市場予想に反して2018年8月に金利を引き上げる理由にもなった。貿易を巡る緊張の高まりも英国のEU離脱(ブレグジット)と同じ視点で考えるべきで、最終的には同じ影響をもたらすと思われる。それは成長鈍化と物価上昇の組み合わせである。

こうしたバランスの変化はABの2019年見通しにも反映されている。ABでは最近、世界の成長見通しを3.1%から2.9%に引き下げる一方で、インフレ率予測を2.6%から2.8%に引き上げた。これは大きな修正ではないが、世界経済がインフレ率の上昇を伴う成長鈍化局面に移行するとの見方に沿ったものだ。重要な点は、このシナリオは、成長が鈍化しても中央銀行による積極的な対応は期待しにくいことを意味することである。

それは、金融市場がこれまで慣れ親しんできた環境とは異なっている。

システミックなリスク:ポピュリズムと中国のマクロ政策  

ポピュリズムは貿易を巡る緊張を高めるだけにはとどまらない。それは多くの経路を通じて広がり、経済や金融の環境を一段と困難なものにする可能性がある。

ポピュリズムのリスクが最も大きいのは欧州だ。欧州はブレグジットとイタリアの財政を巡る同国と欧州委員会の対立という、2つの脅威に直面している。この2つの問題は、密接に結びつく可能性がある。例えば、もし英国が離脱後の取り決めに関する合意のないままEUを離脱すれば、その衝撃は欧州全体に広がり、イタリアの債務の持続可能性を巡る懸念に拍車がかかる恐れがある。

そして、もう1つの大きなシステミック・リスクは中国である。現時点では、中国経済は2018年に6.5%の成長を遂げた後、2019年の成長率は6.2%に鈍化すると予想される。しかし、急激な景気減速を避けるには、大規模かつタイムリーな刺激策を講じる必要が生じる。それが実施されず、しかも人民元の大幅な下落を伴った場合は、中国の成長率は予想を大幅に下回り、世界経済やコモディティ市場にデフレ圧力が広がる恐れがある。

米国は安全地帯? 

欧州や中国とは対照的に、米国は平穏を保っている。金融環境の引き締まりと財政刺激効果のはく落によって、2019年の成長率は鈍化する見通しだが、依然として潜在成長率を上回る成長を維持し、インフレ率も着実に上昇すると見込まれる。その見方が正しければ、米連邦準備制度理事会(FRB)は引き続き緩やかに金利引き上げを続ける公算が大きい。

米国経済に関する下ぶれリスクと上ぶれリスクは、均衡が取れているように見える。金融環境の引き締まりが予想以上に早く経済に影響を与え始めたり、世界経済の成長鈍化が米国経済に及ぼすマイナス効果が拡大したりすれば、FRBは金融引き締めペースを緩めるであろう。しかし、FRBが予想以上の利上げを強いられるシナリオもあり、特にインフレ見通しが上向き始めた場合にはそのリスクが高まる。

困難が待ち受ける2019年   

ABは2019年の米国経済見通しについて比較的楽観的だが、世界経済にとっては困難な1年になりそうだと見ている。成長が鈍化する一方でインフレ率は上向く見通しで、欧州と中国ではダウンサイド・リスクが見通しに影を落としている。そうしたリスクのいずれかが現実になれば、景気後退が待ち受けている。まだ金融引き締めに着手すらしていない主要中央銀行があるにもかかわらず、そのような事態になる可能性があるのだ。中央銀行に何か打つ手は残されているのだろうか?

たとえ世界経済がこれらのテールリスクを回避できたとしても、2018年には米中の貿易戦争が始まっている。米中の紛争が続けば、世界の成長とインフレの関係はより長期的に望ましからざる方向に変化する可能性がある。それが中国と西側世界の間の対立へと拡大した場合には、とりわけそのリスクが高まる。

これらの劇的なシナリオはいずれも、世界の債務が依然として高水準にあり、中央銀行がバランスシートの縮小に着手する中で進行している(図表2)。米FRB、欧州中央銀行、日本銀行による資産買い入れ純額は過去数カ月に大きく減少し、2019年はマイナスに転じるとみられている。

金融政策は依然として緩和的だが、過剰流動性は減少し始めている.png

グローバルなマクロ経済サイクル、世界各国における流動性低下、ポピュリズムの台頭という3つの要因がもたらす持続的な脅威を総合的に考えれば、2019年は世界のリスク資産市場に、一段と不安定で困難な時期が訪れる可能性がある。

 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
オリジナルの英語版はこちら

本文中の見解はリサーチ、投資助言、売買推奨ではなく、必ずしもアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)ポートフォリオ運用チームの見解とは限りません。本文中で言及した資産クラスに関する過去の実績や分析は将来の成果等を示唆・保証するものではありません。

当資料は、2018年12月10日現在の情報を基にアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーが作成したものをアライアンス・バーンスタイン株式会社が翻訳・編集した資料であり、いかなる場合も当資料に記載されている情報は、投資助言としてみなされません。当資料は信用できると判断した情報をもとに作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。また当資料の記載内容、データ等は作成時点のものであり、今後予告なしに変更することがあります。当資料で使用している指数等に係る著作権等の知的財産権、その他一切の権利は、当該指数等の開発元または公表元に帰属します。当資料中の個別の銘柄・企業については、あくまで説明のための例示であり、いかなる個別銘柄の売買等を推奨するものではありません。アライアンス・バーンスタインおよびABはアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーとその傘下の関連会社を含みます。アライアンス・バーンスタイン株式会社は、ABの日本拠点です。

当資料についてのご意見、コメント、お問い合せ等はjpmarcom@abglobal.comまでお寄せください。

「マクロ経済」カテゴリーの最新記事

「マクロ経済」カテゴリーでよく読まれている記事

「マクロ経済」カテゴリー 一覧へ

アライアンス・バーンスタインの運用サービス

アライアンス・バーンスタイン株式会社

金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第303号
https://www.alliancebernstein.co.jp/

加入協会
一般社団法人投資信託協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
日本証券業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会

当資料についての重要情報

当資料は、投資判断のご参考となる情報提供を目的としており勧誘を目的としたものではありません。特定の投資信託の取得をご希望の場合には、販売会社において投資信託説明書(交付目論見書)をお渡ししますので、必ず詳細をご確認のうえ、投資に関する最終決定はご自身で判断なさるようお願いします。以下の内容は、投資信託をお申込みされる際に、投資家の皆様に、ご確認いただきたい事項としてお知らせするものです。

投資信託のリスクについて

アライアンス・バーンスタイン株式会社の設定・運用する投資信託は、株式・債券等の値動きのある金融商品等に投資します(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)ので、基準価額は変動し、投資元本を割り込むことがあります。したがって、元金が保証されているものではありません。投資信託の運用による損益は、全て投資者の皆様に帰属します。投資信託は預貯金と異なります。リスクの要因については、各投資信託が投資する金融商品等により異なりますので、お申込みにあたっては、各投資信託の投資信託説明書(交付目論見書)、契約締結前交付書面等をご覧ください。

お客様にご負担いただく費用

投資信託のご購入時や運用期間中には以下の費用がかかります

  • 申込時に直接ご負担いただく費用…申込手数料 上限3.3%(税抜3.0%)です。
  • 換金時に直接ご負担いただく費用…信託財産留保金 上限0.5%です。
  • 保有期間に間接的にご負担いただく費用…信託報酬 上限2.068%(税抜1.880%)です。

その他費用:上記以外に保有期間に応じてご負担いただく費用があります。投資信託説明書(交付目論見書)、契約締結前交付書面等でご確認ください。

上記に記載しているリスクや費用項目につきましては、一般的な投資信託を想定しております。費用の料率につきましては、アライアンス・バーンスタイン株式会社が運用する全ての投資信託のうち、徴収するそれぞれの費用における最高の料率を記載しております。

ご注意

アライアンス・バーンスタイン株式会社の運用戦略や商品は、値動きのある金融商品等を投資対象として運用を行いますので、運用ポートフォリオの運用実績は、組入れられた金融商品等の値動きの変化による影響を受けます。また、金融商品取引業者等と取引を行うため、その業務または財産の状況の変化による影響も受けます。デリバティブ取引を行う場合は、これらの影響により保証金を超過する損失が発生する可能性があります。資産の価値の減少を含むリスクはお客様に帰属します。したがって、元金および利回りのいずれも保証されているものではありません。運用戦略や商品によって投資対象資産の種類や投資制限、取引市場、投資対象国等が異なることから、リスクの内容や性質が異なります。また、ご投資に伴う運用報酬や保有期間中に間接的にご負担いただく費用、その他費用等及びその合計額も異なりますので、その金額をあらかじめ表示することができません。上記の個別の銘柄・企業については、あくまで説明のための例示であり、いかなる個別銘柄の売買等を推奨するものではありません。