喫緊の課題である気候変動に対処するためには、巨額の資本を賢く投資する必要がある。そのためには、気候科学者と投資家がお互いから多くのことを学ぶことができるというのが、コロンビア大学の気候科学の専門家とアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の運用プロフェッショナルのコラボレーションの背景にあるアイデアである。
気候変動の脅威が増大していることから、気候科学の知識を学術的な世界から実務家の手に迅速に移すという課題が浮き彫りになっており、これらの実務家には、発行体への影響や発行体の気候変動への影響を分析する運用プロフェッショナルも含まれている。気候科学者も投資家も、問題点を理解し、合理的な意思決定を行い、地球と投資環境のための解決策を特定するために、正しい質問をし、証拠を明らかにすることに注力している。
合理的な意思決定には、「既知の知」に基づいて分析し、観測されたトレンドや有効なモデル、その他のデータに基づいて結果を予測することに加え、「既知の未知」と呼ばれる不確実性が含まれる。我々の社会や経済は、こうした要素を気候変動に関わる問題対応に活用しながら、人類が地球の気候や環境に及ぼす短期的・長期的な影響に対応していかなくてはならない。
気候に関する研究成果を投資に活かす
コロンビア大学の地球研究所とABは、気候に関する専門知識を運用プロフェッショナルに提供することを目標に、双方向の交流を行い、さらなる発展を目指して協力している。コロンビア大学の気候科学者、環境法、政策、工学の専門家、技術開発者、研究者が、ABのポートフォリオ・マネジャーやアナリストと協力して、気候科学が投資の意思決定にどのように情報を提供できるかについて、より深く掘り下げているのだ。
質問の中には、以下のようなものがある。投資家はどのようにして気候変動のリスクと機会を積極的に特定し、対応し、潜在的に解決することができるのか? 共通する知識の土台をどのようにして実行可能な機会に変換するのか? その答えに向かって努力する中で、我々は互いから学び合い、最終的には別々に積み上げたものよりも幅広く充実した知識の土台を構築したいと考えている。
開始当初、我々は、当プログラムを大学院のセミナーのように捉えており、講義やパネルディスカッションを通じて、気候に関する知識をコロンビア大学からABにダウンロードすれば事足りると目論んでいた。しかし、運用プロフェッショナルによるポートフォリオ管理や顧客へのアドバイスの方法は、学術的な知識資本の形をそのまま移管する形ではうまく機能しないのが現実だ。そこで我々は、気候に関するプログラムの内容、スタイル、提供方法について、何度か試行錯誤を重ね、気候と金融に関する終日ワークショップを何日かにわたって開催することとなった。
コロンビア大学の教授陣は、AB社内の研修開発の専門家と密接に協力し、インタラクティブかつ参加型のワークショップを創り出しており、運用プロフェッショナルが最新の気候科学に関する知見を日々の業務に落とし込めるよう、オープンな質問や議論の場を提供するべく前進を続けている。
常に進化するカリキュラム
ワークショップの内容は、動きの激しい市場で働いている投資家の方々のために教材をカスタマイズすることを視野に入れて、継続的な進化を遂げている。ワークショップ後の詳細なアンケートと分析により、ABとコロンビア大学は人気の高い講座モジュールを特定し、他のモジュールを改訂したり置き換えたりしながら強化している。各ワークショップは、気候科学と経験的観測の概要から始まり、リスク、政策、経済学、解決策についての議論の基礎を提供している。開発の過程で、アカデミアの気候科学者と現場にいる運用プロフェッショナルが、互いの知識や行動のフレームワークについて無知であることが明らかになってきており、こうしたギャップを埋めるためにやるべきことはまだまだあると考えている。
最終的には、最先端の気候モデルと資産価格モデルを組み合わせ、投資家のための新しいツールを生み出すための共同研究アジェンダを創り出すことを目標としている。これらのツールを開発するためには、投資家からのフィードバックが不可欠であり、気候研究から得られた学術的な知見を迅速に投資家へ移転していくことが重要だ。同時に、両者の共同研究の妨げとなる「未知の未知」を減らしていく必要がある。
振り返り: 社会と地球の長い均衡
まず、地球の気候について分かっていることから始めよう。地球の気候は、数十億年の歴史の中で、地質学的な力の相互作用、生命の進化、太陽系に属する他の惑星の影響などを受けて変化した。これらの要因が重なり、二酸化炭素などの温室効果ガスの大気中濃度が変化してきた。
現在に至るまでの地質学的な歴史の中で、地球は温室効果ガスの濃度と温度の周期的な変化とともに氷河期を繰り返してきた。1万年以上前の氷河期が終わってから、恵まれた地球環境は農業の出現や産業経済の誕生を可能にし、豊かな文明の発展へつながった。つい最近まで、我々はこのような環境との共生関係の中で生きてきた。
気候変動を受容する機運が広がりつつある
産業革命が始まって以来、特に第二次世界大戦が終わってから、人類は大規模な地形の変化を伴う工事を急速なスピードで行うとともに、地質学の歴史上かつてない速さで温室効果ガスと汚染物質を大気中に送り込んできた。大気と海洋が温暖化し、海洋が酸性化し、残っている氷床や氷河が溶け、海面が上昇しているというデータはもはや否定できない。地球は均衡を失いつつあるのだ。
いくつかの論点は残っているものの、人類の活動が気候変動を引き起こしているという事実は広く受け入れられており、一般の人々の意識は、より頻繁に発生する厳しい気象現象によって増幅されている。最近の例としては、カリフォルニアやオーストラリアでの山火事、アメリカ中西部での大雨や洪水、中東での干ばつや水不足の長期化、カリブ海やメキシコ湾での連続ハリケーンなどが挙げられる。
これらの気象現象は、気候変動によるものなのだろうか? これは科学的には議論の余地のあるポイントだが、蓄積された証拠はそうである可能性を強く示唆している。今、本当に重要なのは、政府、社会、アカデミア、そして金融市場が、互いに行動を求める声を高めていることだ。
気候と投資に関する新しい洞察を追い求める
コロンビア大学にとって、このABとの取り組みは、投資家とアカデミアが協力してこの緊急事態に対応するにあたって果たし得る潜在的な役割について、教授陣及び学生に重要な洞察をもたらすきっかけとなった。主な洞察は以下のようなものだ。
- 気候変動がもたらすリスク及び機会についての投資家の認識は、意思決定に影響を与える。
- 投資家のニーズに応えるためには、気候変動リスクと資産価格の関係を定量的に理解した上で、ツールを開発する必要がある。
- 新たなパフォーマンス指標は、規制当局の監視と投資家の要求の中で進化していく。
- 気候科学者は地球の気候システムの理解を深め、モデル予測に磨きをかけ、気候変動に対応する新技術を開発していく。
それぞれの洞察をもう少し詳しく見ていこう。
1) 気候認識が投資家の意思決定に影響を与える
一般大衆の考えでは、気候変動とは、気候システムの長期的なトレンドがもたらした極端な事象として認識されている。このような認識の高まりは、最近のダボス会議での議論、若者の抗議運動や活動家への支持、大学キャンパスからの化石燃料撤廃要求、そしてメディアを賑わせる訴訟やアクティビストによる株主提案などに表れている。政治的な反応はさまざまだが、米国のいくつかの都市や州、そしてほとんどの国が、排出削減とネットゼロ経済の目標を設定している。
金融業界の対応としては、環境・社会・ガバナンス(ESG)商品の開発や、グリーン・ベンチャー・キャピタルの利用拡大などが挙げられる。投資家の年齢分布が若年化するにつれ、適切な投資商品への需要が高まり、受託者責任のあり方が見直される可能性がある。定量的要因と感情的要因の両方が投資判断に影響を与えると考えられる。
2) より多く、かつ優れた定量的なツールの必要性
気候リスクは資産価格に影響を与え、技術革新は新たな投資機会を生み出す。よく知られている異常気象の影響は、迫りくるハリケーンや洪水といった短い時間軸での物的リスクの例だ。
長期的なリスクは定量化が困難であるため、価格へのインパクト測定が難しい。例えば、海面上昇が沿岸地域のコミュニティや資産価格に与える影響、長期的な干ばつによる山火事の危険増大、労働者が暑さや湿度と格闘することによる労働生産性の低下などである。気候変動に対応した投資を行うにあたっては、異常気象や気候の影響に関する決定論的または確率論的モデルを用いて、資産クラスに対するインパクトの時間軸を探ることが重要となる。新しい技術や土地の利用法、インフラ開発、地方自治体のサービスなど、気候変動にまつわる機会を資産価格に反映するにあたっては、気候変動の影響をどう緩和し、どう受け入れるのかというバランスを注意深く見極める必要があるだろう。
気候変動の影響を緩和するためには、化石燃料への依存度を下げたり、農業慣行を改善したり、工業生産から温室効果ガスを除去したり、大気から直接温室効果ガスを捕獲・貯留したりすることで、温室効果ガス排出量を抑制することが必要となる。気候変動の影響を受け入れるには、影響の出方を見極めたうえで、海岸線の強化や洪水・高潮対策の拡大、電力網管理システムの進歩などの対策があげられる。
訴訟や風評リスク、政策や規制の変更によるリスクといった移行期にまつわるリスク要因は、資産価格にも影響を与える。移行リスクには、気候変動を緩和し、適応するための新たな製造、輸送、建設方法が登場した際に、そこから取り残されるリスクも含まれる。カリフォルニア州の山火事に端を発したパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社の倒産など、現実世界での影響例はいくつか存在するものの、資産価格に適用できる定量的な経験はほとんどないのが現状だ。
短期の時間軸での異常気象も、より長期の時間軸での気候変動も、その予測精度には依然改善の余地が残る。多くの場合、不確実性の原因は既知であり、定量化が可能である。確率論及びシナリオ分析による予測は現在こそ最善の道筋とされているが、より多くの基礎研究によって改善の可能性がある。気候リスクを資産価格モデルにリンクさせるツールやプラットフォームの開発には進展が見られるようになってきているが、まだ十分ではない。最終的には、開発されたこれらのツールが投資家のリソースとならなければならない。
3) 新たなパフォーマンス指標の開発
訴訟や政策議論のトレンドは、気候に関する包括的なパフォーマンス指標がこれまでになく必要とされていることを示している。欧州の規制当局は、欧州委員会によるEUタクソノミー(サステナビリティに関連する経済活動の分類システム)確率への取り組みを通じて、こうした動きの最前線にいると言える。これは、気候変動の緩和と適応に貢献する経済活動への投資を促進するものである。
ビジネスと金融の分野では、ESG関連指標を作る動きが盛んに行われてきたものの、堅固な共通基盤の確立には程遠い状態だ。コロンビア大学は持続可能性の広範な指標とその基礎となるデータに注目しており、ABは異なる資産クラスについて気候変動のパフォーマンスをどのように測定すべきかについて、検討を開始している。
4) 気候科学と新技術の進歩
気候科学の領域において、静的なものは何もない。気候リスクと機会を考慮し、エビデンスに基づいた投資判断の仕組みは常に動的なものとなる。気候システム研究は今後も進歩を続け、気候についての知識が深まるにつれ、より多くの疑問が浮かび上がってくるだろう。
コロンビア大学では、さまざまな分野における気候変動とその影響との因果関係を調査し続けており、ABでは、気候変動に対する意識の高まりをうけた社会的、経済的、文化的な反応を追跡している。今後の課題は、両者が協力して、この成長しつつある知識資本を迅速に投資の現場に導入していくことだ。
民間セクターが解決策の一助となる必要がある
気候変動の専門家と運用プロフェッショナルとのコラボレーションには、もう1つの目的がある。気候危機をあらゆる地理的範囲と時間的次元で食い止めるためには、解決策の開発に莫大な資本資源が必要となってくる。
政府は、政策や規制、インセンティブを提供することはできるが、公共部門だけでは、変革を達成するのに十分な資本を提供することはできない。また、公共部門は、学術的知見を実用的かつ拡張性があり、市場性のある解決策に結び付けることもできないため、民間セクターの果たす役割が重要となる。この第一歩として、気候科学者と運用プロフェッショナルとのパートナーシップが位置づけられるとABでは考えている。
気候変動がもたらすさまざまなインパクトへの適応に失敗した場合、そこからもたらされる損失はとてつもなく大きなものとなる。つまり、変化のあらゆる側面について、全ての科学者からの完全かつ正確な答えを待つことはもはやできないのだ。世界の多くの国々も、待ちの姿勢を改め、不確実性に対処しながら何らかのアクションを取ろうとし始めている。こうした中で、コロンビア大学との共同研究におけるABの役割は、予想される物理的・社会的な大きな変化に対して投資家がどのように対応すべきなのかをより正確に理解し、運用プロセスに反映させることだ。将来を100%確実に理解することはできないが、だからといって、不確実性を行動に移せない口実にしてはならないとの信条がその根底にある。
気候変動を方程式に加える
人類がいかに気候変動を引き起こしたかの議論は、もはやそれほど重要ではない。むしろ、投資意思決定に際していかに気候変動リスクを考慮し、より優れた投資成果につなげることができるのかという点に、焦点を当てるべき時期が来ている。気候変動がもたらす危機の規模の大きさが、何よりもその重要性を物語っている。
気候変動の緩和や適応を可能にするソリューションを開発することは、ほぼすべての分野で投資リスクと投資機会を生み出すことにつながるとともに、運用会社と顧客との会話において重要な要素とならなければならない。プロの投資家は、気候科学を投資の方程式に組み入れる能力を研ぎ澄ますことで、迫りつつあるリスクに対し、より優れた対応能力を備えることができるだろう。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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