政府による資金支援を利用する企業が増えるにつれ、そうした税金の使い方が株主にどのような影響を与えるのか、という疑問が高まっている。この疑問に答えるためには、投資家は企業の行動やステークホルダーの関与が、企業の長期的な業績をどのように形成するかを評価しなければならない。
資金支援は新型コロナウイルスのパンデミックによる景気の落ち込みに対抗するためには不可欠な要素であり、多くの企業にとって、現在の厳しい環境を生き残るための重要なライフラインとして機能している。
投資家が直面する難問
しかし、公的な助成金や融資の提供は投資家に疑問も投げかけている。パンデミック以前に責任をもって自らの資本を管理していなかった企業が税金を原資とした資金を調達することを認めるべきだろうか? 公的資金を受け取る条件を満たすために企業が配当を停止した場合、株主価値は毀損されないだろうか? また、配当や自社株買いが縮小する中、従業員エンゲージメントや地域社会への貢献に企業が支出を行っていることを、投資家はどのように評価すべきなのか?
これらの質問は、「ステークホルダー資本主義」の時代への移行に伴う最初のテストであるといえる。2019年に、米国の181人の最高経営責任者(CEO)が、株主だけでなく、すべてのステークホルダーを十分に考慮し事業を行うことを表明する宣言に署名した。このビジネス・ラウンドテーブルの声明の中で、企業のリーダーたちは、事業を展開する地域社会の環境的・社会的健全性を支援し、持続可能な取り組みを行うことを誓った。現在、企業は、ビジネス環境や株主の利益と、公衆衛生を始めとするさまざまな社会問題とのバランスをとるため、難しい経営判断を求められている。
配当金と自社株買いの削減
株主の利益には既に圧力がかかっている。世界で支払われた配当金は、2020年6月には年換算ベースで1兆5,000億米ドルと、2月のピーク時から12%減少した(図表)。S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスによると、米国企業は2020年4-6月期に425億米ドルの配当金を削減したが、これは2009年1-3月期以来最大の削減幅である。
自社株買いも見直されている。 米国では、S&P 500指数構成企業のうち、2019年の自社株買いの27%を占めていた企業がすでに自社株買いプログラムを停止している。さらに、2020年6月に米連邦準備制度理事会(FRB)が大手銀行に自社株買いの停止を求めたことを受けて、下半期には自社株買いが50%以上減少すると予想されている。
多くの企業は、公的資金による支援を受けた場合、配当や自社株買いの制限を求められることになる。コロナウイルス支援・救済・経済保証法(CARES法)では、給与保証プログラム(PPP)の融資を受けた米国企業は、その後12カ月間か、または融資保証がなくなるまでは、配当金の支払いや自社株買いをしてはならないとされている。欧州中央銀行は欧州連合の銀行に対し、少なくとも2020年10月までは配当金の支払いと自社株買いを停止するよう命じている。またイングランド銀行は、経済を支えるためには株主や経営陣の利益よりも他のステークホルダーの利益が優先されるべきだとし、英国の大手銀行に対し、配当金の支払いと幹部への報奨金の停止を要請した。
複雑化する債務の評価
では、投資家は株主の利益と比較して、負債の水準についてどのように評価すべきなのだろうか。アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、以下の3つの問題が今日重要性を増していると考えている。
+デフォルト・リスク: 流動性懸念やデフォルト・リスクが期待されるリターンより大きくないか? 資金支援を受けているかどうかに関わらず、答えが「大きい」である場合、それは良い投資とはいえない。
+再投資率: 企業は事業成長のために十分な投資を行っているか? (以前の記事『米国企業は将来のために十分投資しているか?』ご参照)利益の再投資は、将来のリターンを予測する上で常に重要だ。特に今日では、多くの企業がキャッシュ不足に直面しており、将来のための投資能力が制限されている。
+株主の利益: 配当金や自社株買いの水準は、企業のデフォルト・リスクと再投資率を考慮して妥当なものか? このバランスを正しくとることは常に難しいが、今日では公的資金支援によってさらに複雑なものになっている。
これら3つの問題について考える上で重要なのは、企業が責任をもって負債を引き受けたかどうかということである。例えば、企業が借り入れをしつつキャッシュフローや成長率をプラスにできると予想される場合、配当金の支払いを継続することは理にかなっているかもしれない。将来の資金調達に際し、投資家にとってこの企業が魅力的に見えるからだ。また、さらなる成長のための明確な投資分野がない場合には、自社株買いも株主価値を高めるための責任ある行動となるかもしれない。
パンデミックによって、このような資本政策の評価は変わるだろうか? ABでは、基本的なフレームワークは平時と同じであり、環境、社会、ガバナンス(ESG)要因とファンダメンタルな証券分析を統合したアプローチに基づくべきだと考えている。しかし、現下の環境では、流動性などの新たな変数へも十分目を配ることで、不適切な資本管理によって株主価値がリスクにさらされていないかを見極めることも必要だ。
ガバナンスと役員報酬の重要性
資本配分の複雑さを考えると、ガバナンスに対する適切な監視が不可欠である。企業の財務健全性に関する従来のファンダメンタルな評価に加えて、投資家は、資本配分の決定を監視するために取締役会がどのように関与しているのか、経営陣と対話し問いかけるべきである。
また、役員報酬にも注意を払わなければならない。多額の負債を負っているにもかかわらず、報酬パッケージが自社株買いや配当金の支払いに大きく影響されている経営陣には特に注意が必要だ。投資家は、明確に定義された定量的な財務目標とESG指標に基づく透明性の高い報酬パッケージを企業に求めるべきだ。それによって、投資家は長期的に持続可能な事業を維持する責任を経営陣に求めることができる。例えば、工場における従業員の負傷率の改善、あるいはダイバーシティや二酸化炭素排出量に関する期限の定められた目標などだ。
従業員やコミュニティとのエンゲージメント
従業員は、企業がビジネスを成功させるために不可欠なステークホルダーである。パンデミックにおいて、従業員エンゲージメントの取り組みは、持続可能な労働環境、従業員の健康保険や病気休暇を提供するものでなければならない。また、一時解雇した従業員の復帰のタイミングについて、投資家は企業に対し明確なコミュニケーションを求めなければならない。
多くの企業は、パンデミックの最中にあっても、地域社会を支援している。中には、CEOが減給を受け入れたり、給与の一部を地域社会に寄付することを約束している企業もある。
これは単なる道徳的な義務ではない。従業員や地域社会とのエンゲージメントを適切に行っている企業は、長期的にビジネス目標を達成しやすくなるであろう。
このようなエンゲージメントの取り組みは、短期的にはコストがかかるかもしれないし、配当金や自社株買いにも影響が出るかもしれない。しかし、長期的な視野を持つ投資家は事業の持続可能性と耐久性を重視する。従業員や地域社会を支援するためにより多くのコストを支払っている企業は、モチベーションの高い労働力を維持し、顧客ロイヤルティを育むことで、長期的にはより力強く業績を向上させることができる可能性がある。同様に、適切な債務水準を維持し、長期的な成長のための投資を重視しつつ、公的な資金支援も責任をもって活用する企業は、経済環境が改善した際に事業を活性化させる準備ができているといえる。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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