英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)交渉は「キモ」の部分で合意の兆しが見えないまま、緊張感だけが高まっている。既に「最悪シナリオ」(合意なき離脱が実現し、以降は世界貿易機関(WTO)ルールのみに貿易を依拠するシナリオ)へのカウントダウンは始まっており、英ポンドのさらなる下落が見込まれる。
英国とEUの貿易交渉は、移行期間の終了そして決裂が近付くにつれ白熱するのがお決まりのパターンだったが、足元でボリス・ジョンソン英首相は火に油を注いでいるようだ。ジョンソン政権は、2019年10月にEUと妥結したばかりの離脱協定の一部を一方的に破棄する法案を提出した。これはブレグジットの中で最も厄介な問題である北アイルランド協定(アイルランド島のEUとの国境問題に対する取り決め)に関するものである。
ここで重要なのは、交渉の渦中で、これが貿易交渉にとって何を意味するのか、だ。
ジョンソンの先手は悪手だったか?
ジョンソン首相によるこの動きの根拠は定かでないが、国内外の識者から非難されていることは確かだ。非難が巻き起こること自体に何ら不思議はないが、一部のジョンソン支持者層からも批判の声が上がっていることは注目に値するかもしれない。実際、国内の反発は非常に大きく、政府は妥協を強いられ、関連条項の発動について議会の発言権を拡大することを余儀なくされている。
政府筋によると、この法案には、合意なきEU離脱も辞さない姿勢を示すことによってEU首脳の気を引き、最終的に譲歩を引き出す狙いがあるとのことだが、このような信頼を損なう行為が実を結ぶ可能性は低いとアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では考えている。
これまでの英国・EU間の交渉において、漁業権やEU法における国家援助(State Aid)などの最重要争点に対して双方の歩み寄りがほとんど見られない中、貿易協定締結への道は前途多難と言わざるを得ない。そして、残された時間は刻一刻と短くなってきている。この期に及んでも、多くの評論家は何らかの合意が成されるだろうと見ているが、その論拠は妥結が双方の経済的利益に資する、という単純なものだ。しかし、この類の主張はイデオロギー対立の「重さ」を軽視しており、ブレグジットの行く末を占う上で今までほぼ役に立たなかった。さらに、北アイルランド協定を巡る狂騒が示すように、短期的な利益を目指した妥結は、その後長期にわたる問題を生み出しかねない。
まだ着地点は見えないが、見通しは暗い
ブレグジットの今後の進展を計る上で、まず我々が留意すべきは2016年のEU離脱投票以降、数多の思いがけない紆余曲折が見られてきた事実である。さらに、英国政府の新型コロナウイルスへの対処はお粗末なものであることも併せて念頭に置くべきだ。
しかし、英国が2020年末に迎える移行期間の終了に伴い、何らかの結論を出すことの確度は比較的高いと見ている。たとえそれが破壊的なものであっても。最良シナリオの場合、何らかの形でごく基本的な貿易協定(限定的合意)が結ばれ、でなければ、WTOルールへの回帰となるだろう。EU離脱投票直後を思い返してほしい。当時、前者(ごく基本的な貿易協定での合意)は考え得る最悪のシナリオとされており、WTOルールへの回帰は一部の最も急進的なEU離脱支持者のみが考えていた選択肢だった。
2020年7月に執筆した記事「コロナ禍においてブレグジットはどこに向かう?」では、「合意なき離脱/WTOルール」と「限定的合意」それぞれのシナリオ発生確率は同程度と評価していたが、足元の進展を踏まえると、今はよりネガティブな「合意なき離脱/WTOルール」の可能性が最も高そうだ。いずれのシナリオも混乱を招く可能性が高く、特に英国政府が十分な準備を怠った場合(その可能性は高い)、より深刻なものとなろう。とりわけWTOルール下でのEU離脱は悪影響がより大きく、英国-EU間のさらなる関係悪化は、新貿易体制への円滑な移行を危うくするだろう。つまり、英ポンドはさらに下落する可能性が高く、最悪シナリオ(合意なき離脱/WTO)下において、対ユーロでの英ポンドの為替レートは1(パリティ=等価)を試されることになろう。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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