欧州連合(EU)の新たなグリーンディール(2050年までにEU域内の温室効果ガス排出をゼロにすることを目標とする政策)においては、資金面の懸念が出ているにもかかわらず、すでにグリーンへの移行が進んでいる。それは債券投資家にも明確な影響を及ぼしており、対応が急務となっている。
気候変動問題に対する世界的な取り組みにとって、米国が再び関与する姿勢に転じたことは歓迎すべき動きである。バイデン大統領はその手始めとして、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定に復帰した。だが、米国が気候問題に背を向けている間に、欧州が取り組みの主導権を握った。
グリーンの概要を理解する
2019年12月に発表された欧州グリーンディールは、EUの気候戦略の要となっており、温室効果ガスの排出削減、先端テクノロジーへの投資、自然環境の保護を目指した包括的な計画である。それは、欧州を2050年までに世界初のクライメートニュートラル(温室効果ガスのネット排出総量をゼロにすること)な大陸にすることを目指している。
欧州は排出量の削減に向けて世界をリードしていると正当に主張することができる。1990年以降、EUの二酸化炭素(CO2)排出量はネットベースで20%余り減少したのに対し、世界全体では65%増加した。もちろん、EUには数字を比較する上で利点がある。EU加盟国の大半はだいぶ前に工業化のピークを過ぎており、また排出削減の出発点が比較的高い。実際には、ユーロ圏の1人当たりネットCO2排出量は年間7.7トンと、世界平均の4.4トンを依然として大幅に上回っている(図表)。
EUは米国や日本など他の先進国に比べ排出削減幅が大きいが、グリーンディールでは、それでも不十分だと認識されている。そのため、EU首脳は2050年までにクライメートニュートラルを達成するため、2030年までに温室効果ガスをネットベースで1990年の水準から少なくとも55%削減すると約束している。
それは、従来の目標である40%からの大幅な引き上げで、新たな法規制の策定、監視メカニズムの構築、公的セクター及び民間セクターの投資拡大などに向け、多大な努力を要する。しかも、多くの措置は貧困な国や社会的グループに過度に大きな影響をもたらすとみられるため、移行プロセスは一筋縄ではいきそうにない。
成功に向けた高いコミットメント
グリーンディールを批判する人々は資金調達面を問題視している。欧州委員会は当初、1兆ユーロの追加投資を提案したが、その「新しい」資金源のほぼ半分は既存のEU予算からの振り替えである。また、残りの大半も民間セクターからの拠出に依存しており、それは実際に手当てできるかどうか定かではない。しかも、1兆ユーロという数字は、EU自身が2030年までに新たな目標を達成するために必要だと考えている額を大きく下回っている。
しかし、グリーンディールの欠点にだけ注目すれば、全体像を見失うことになる。現在は欧州各国政府にとって新型コロナウイルス対策が最大の優先課題となっているが、気候変動問題も短期、中期、そして長期的な政策課題として、明らかに最上位に位置付けられている。例えば、次世代EU(NGEU)(欧州理事会のWebサイトご参照)と呼ばれる7,500億ユーロ規模のEU復興基金は、予算の37%をグリーンプロジェクト(地球温暖化などの環境問題の解決に貢献する事業)に振り向けることを義務付けている。その支出すべてが「ニュー」や「グリーン」といううたい文句どおりではないかもしれないが、変化を推進する動きは明確になっている 。
最後に、今やすべての主要関係者が気候変動問題について同じ方向に向かっており、特に欧州委員会、各国政府、欧州議会、企業セクター、欧州中央銀行(ECB)が取り組みを推進している。ECBは気候変動問題を最新の戦略見直しの中核に据えた。その新たなイニシアチブがどう展開されていくかを予想するのは難しいが、ユーロ圏の金融政策と財政政策は2020年を通じ、世界的なパンデミックに対処するため「一体化」していた。ECBのバランスシートの使途を、ウイルス対策からそれ以上に重要な脅威に対処する目的に移行させるのは、難しいことではない。
投資を巡るリスクと機会
EUはグリーンアジェンダを作り上げるために立法権を活用しており、最近はよりサステナブルな経済に資する投資フローを生み出すために規制を変更した。持続可能な金融情報開示規制(SFDR)(「EU Action Plan – Deep dive on Disclosure Regulation (SFDR)」(英語)ご参照)とEUタクソノミー(「EU taxonomy for sustainable activities」(英語)ご参照)は、サステナブルの定義を満たし、気候変動の緩和に沿った投資活動のための標準化された開示規則を定めている。
社債の投資家にとって、こうした動きはチャンスにもなれば脅威にもなる。気候変動の緩和に自ずと対応している企業や、気候変動リスクへの対処をすでに始めている企業は、その恩恵を受けることができる。しかし、対応していない業界(エネルギーや鉱業など)の発行体や移行計画を策定していない企業については投資家から背を向けられるリスクがあり、結果的に資本コストの上昇につながる可能性がある。
例えば、電力会社は発電のために複数の燃料を使用している。石炭のみに依存し、低炭素経済に移行する包括的な計画を持っていない電力会社もあれば、再生可能エネルギーに多額の投資を行っている電力会社もある。信用スプレッドは必ずしも各企業のサステナビリティのレベルを反映しているとは限らず、EUの規定で情報開示が義務付けられれば、債券価格の格差が拡大するとアライアンス・バーンスタインでは予想している。債券市場の調整が起これば、気候変動対策に遅れをとっている企業の資本コストは急速に上昇する可能性がある。
自動車や化学など他の業界はそれ以上に出遅れている。現状では、多くの業界がEUタクソノミーに沿って事業活動を修正するのに苦労する可能性がある。しかし、今後に目を向けると、それぞれの企業の気候変動への取り組み計画には大きな違いが見られる。投資家にとっては、経営陣との対話が、企業の脱炭素化戦略を理解し、環境汚染との関わりが深い企業の価値を引き出す上で重要な要因となる。
グリーンディールにはグリーン・ボンドが必要
グリーン・ボンドはさらに大きな機会を提供している(以前の記事『進化するESG債市場』ご参照)。債券ポートフォリオを通じて気候変動問題に取り組もうとする投資家が増えており、グリーン・ボンドは発行残高、発行体の広がりの両面で急速な成長を遂げている。EUのグリーン・ボンド基準は時代の到来を告げるものである(「EU Green Bond Standard」(英語)ご参照)。これはEUタクソノミーの基準に沿って、グリーン・ボンドで調達した資金の使途(UoP)についてガイドラインを定めたもので、グリーン・ボンドのさらなる発行を促し、セクターの多様化を後押しする要因になるとABではみている。
企業のグリーン・ボンドは、「ブラウン」(非グリーン)な業界にグリーンへの移行の加速を促す役割を果たしうる。大々的に打ち出されたNGEUに基づく復興プランとそれに伴うソブリン債の発行(リサーチ・ペーパー「ソブリン投資におけるESG分析の重要性」ご参照)も、グリーンに向かう資本の動きを後押しする要因となる。グリーン・ボンドばかりでなく、他の債券の中にも主要業績評価指標(KPI)を取り入れる動きが出ている。それらの債券は、特定のサステナビリティ基準に照らした全社的な改善度合いとクーポンを連動させており、サステナビリティを推進する強力なツールを作り出している。
グリーンディールによって生まれる新規投資の額については懐疑的な見方があるにもかかわらず、欧州ではグリーンへの移行が進行している。投資家はグリーンを評価し、グリーンウォッシング(環境配慮をしているように装いごまかすこと)(「Concepts and forms of greenwashing: a systematic review」(英語)ご参照)を見破るためのエンゲージメントのプロセスを必要としている。企業や政府のプロセスがEUタクソノミーやグリーンの回復に沿ったものとなるよう、両者を監視するとともに積極的なエンゲージメントで対話を行うことが非常に重要となる。そして、企業と政府は、それぞれのUoPや気候変動に与える重大な影響を精査する際に、等しく説明責任を負わなくてはならない。
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