足元の環境では中央銀行が価格安定を愚直に目指すという金融政策の基本が揺らいでいる。政策立案者は、物価よりも他の「より差し迫った懸念事項」に焦点を当て始めている。また、インフレ情勢も大幅な変化を見せている局面だ。過去の事例から、今後のインフレに関する大きな流れを考察してみたい。
 
「独立した中央銀行」という考え方は、政治的な圧力から切り離された金融の専門家によって金融政策が決定されるというもので、金融市場における政策決定方法における重要な考え方の1つとなっている。しかし、中央銀行とて完全に何のしがらみもなく活動できるわけではなく、結局は社会の目標達成にどれだけ貢献したかで中央銀行も評価をされることになる。1970年代の高インフレの後、中央銀行のメッセージは非常にシンプルで、インフレ率をとにかく低く抑えることだった。中央銀行の「独立性」は、この目標を達成するための政治的な構造として的確に機能した。
 
今日においては、このタカ派的なインフレのメッセージでは中央銀行の責務は務まらない。政府はパンデミックによる経済的ダメージを修復し、不平等と戦い、気候変動を緩和するために莫大な投資を行い、戦時を除けば最高水準に達した債務を管理しようとしているためだ。このような変化の中で、中央銀行はどのような政策バランスをとっていくのか。物価を低く抑える目標のプライオリティが下がることで、物価の状況はかつての1970年代の高インフレへ時代のようなものに戻っていくのだろうか?アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は必ずしもそうではないと考えている。
 

今後のインフレ局面で実現しうるシナリオ

第二次世界大戦後、世界のインフレには3つの異なる局面があった。日本が経験したデフレは4つ目の局面となる(図表)。
 
インフレターゲットの黄金時代は終わった.png
 
1.  第二次世界大戦直後は、政府が財政政策を駆使して積極的に政策目標を追求し、金融抑圧とインフレ許容を織り交ぜて政府債務の削減に努めた時代となる。
 
2.  1970年代はインフレ率が2桁に急騰した。
 
3.  1990年代初頭に始まったインフレターゲット時代は、中央銀行の独立性、インフレ目標の導入、インフレを安定させる目標(年間インフレ率2.0%)の達成などが行われた。
 
4.  インフレ率がゼロ付近で推移し最低限の経済成長にとどまる、いわゆる「日本化」現象。
 

巨額の債務と向き合う現在は、高インフレ政策が採られる可能性が高い

インフレターゲットが機能した時代(シナリオ3)が終わりつつあると私たちが考えているのは、さほど驚くことではない。物価上昇をこれまでもたらしてきた多くの要因が変化しており、インフレ率が2.0%程度にとどまると、現在の債務水準を管理するのに十分な金融抑圧を行うことも非常に困難になる。
 
ABでは、各国が巨額の債務管理を行わなくてはいけない状況により、「日本化」現象は広がらないと見通している(シナリオ4)。各国がマイナス金利政策の利用を拒否し続ける中で、ゼロインフレ・低成長の世界に陥れば、巨額の債務を管理するのは困難な作業となるからだ。さらに、日本社会が持続的なインフレと経済の停滞に対処できた理由として、結束力のある社会構造と比較的低いレベルの社会的不平等の維持があったが、日本以外の民主主義国においても同様の環境を保てるかは疑わしい。ポピュリズムが台頭すれば、この点の政治的課題はさらに大きくなるだろう。
 
すると、残るのは2つの高インフレのシナリオだ。2桁のインフレ(シナリオ2)は社会に対しても破壊的で、政策として支持もされない。また、高水準のインフレが進行した場合に有効な対処手段も少ない。しかし、世界が次のインフレ局面に移行する際に、インフレ率が一時的に非常に高い水準にまでオーバーシュートする可能性はもちろんある。
 
したがって、これからの時代に最も適したアプローチは、第2次世界大戦後と同様のシナリオだ(シナリオ1)。当時も現在と同様に、財政政策が優位に立ち、政府がより広範な目標を追求し始めたため、インフレの抑制は目標としての優先順位が低下した。また、当時も政府債務の処理のために金融抑圧が広く行われていたが、米連邦準備制度理事会(FRB)のアーサー・バーンズ元議長「金融抑圧が債務の清算に最も成功するのは、安定したインフレを伴う場合である」* と1979年に指摘している†。現在、多くの中央銀行がインフレの目標と設定する水準は低く、社会がより広範な目的を追求し始めたときにインフレは「許容できるコスト」とみなされる。
 

政策の選択がインフレの結果を左右する

では、戦後のシナリオ(シナリオ1)を想定した場合、中央銀行自身が新しい緩やかな高インフレ体制を達成するような政策をとることになるだろうか? ABではその可能性は低いとみている。
 
何人かの著名なエコノミストがより高いインフレ目標の必要性を説いている。FRBは新しい平均的なインフレ目標戦略を採用しているが、それは依然として長期的なインフレ期待に焦点を当てたものである。しかし、FRBのインフレ政策の優劣をもって実際にインフレが起こるかを予想するのはあまり有効ではない。歴史的に見ても、意図的に物価水準を上昇させようとして実際に高インフレになった例などほとんどないからだ。むしろ、政策立案者が他の目標を追求した結果、副作用としてインフレが発生したケースがほとんどで、今後も同じようなことが起こると思われる。
 
1960年代、1970年代と同じように、アーサー・バーンズ氏が言うところの「哲学的、政治的潮流」の変化に中央銀行が巻き込まれないようにすることは困難であると思われる。中央銀行側も政治的な風向きも意識して対応することで、世界経済の舵取りを行うゲームに参加し続けたいという誘惑は大きいだろう。 
 
これから世界経済に訪れるメガ・トレンドは、1970年代に出現した2桁のインフレ環境をそのままコピーしたものにはなりそうにない。それよりも、第2次世界大戦から1960年代までの金融抑圧時代に似たものになる可能性が高い。しかし、今日の世界には、当時とは明らかに異なる要素がいくつかあり、特に、戦後間もない頃の経済成長は、現在よりもはるかに高かった点が異なる。このため、政策はこれに見合った調整をすることが必要で、例えば、債務残高/国内総生産(GDP)比率を下げるためには前回の金融抑圧時代よりも金利を低くし、インフレを高める必要がある。このような不愉快なロジックにより、足元の政治的な状況とそれに伴う政策の選択がより高いインフレへの扉を開くことになるだろうという確信につながる(以前の記事『Will Policy Changes Open the Door to Higher Inflation?』(英語)ご参照)。
 
 
* Carmen M. Reinhart and M. Belen Sbrancia, “The Liquidation of Government Debt” (working paper, International Monetary Fund, 2015)
 
† The Anguish of Central Banking, 1979
 

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