通常の市場環境では、大半の投資家はモメンタムに追随し、流動性を追い求めようとする。彼らは市場が上昇している時に買い、下落している場面では売却しようとする。しかし、2020年以降、あらゆる点で通常とはかけ離れた動きが起きており、特に投資家の株式売買の習慣に大きな変化が生じている。2021年は「安値で買い、高値で売る」という手法が試みられ、投資家は市場の回復局面で熱心に買い入れるのとほとんど同じように、急落している場面でも果敢に市場に飛び込んでいる。
「下げれば買い」の動きは過去7年の平均の倍に
2021年は8月時点で、週間ベースで株価が下落したケースは7回あったが、上場投資信託(FTE)の資金流出入データによると、そのうち5回は、投資家が平均以上の水準で買い続けていた(図表)。
そのことは、市場が下落した週の71%でETFへの資金流入が平均を上回ったことを意味しており、投資家があらゆる機会を利用して「下げた場面で買いを入れた」ことを示唆している。2020年には、下落した週のうち平均を上回る資金が流入したのはわずか11%で、週間ベースで下落した18回のうち資金流入額が平均を上回ったのは2回だけだった。2020年の市場環境が異常だったことは間違いないが、長期的に見ても、2014年以降にそうした動きが見られた週は35%で、投資家の行動に何らかの変化が起きているという見方を裏付けている。
下落している場面で買いを入れるという非典型的なパターンは「市場の下げを限定する」機能を強化する効果があり、株式のパフォーマンスを押し上げている。株価下落のモメンタムは通常、市場の下落局面で個人投資家が売りに走ることで増幅される。しかし足元は、そうした場面で投資家が買い向かっていることが逆の効果を生み、リターンに直接的な影響を及ぼしていることが、最近のリサーチで分かっている。このところ市場の下落局面でETFに高水準の資金が流入しているというパターンを考えれば、「下げれば買う」という行動は、少なくとも今のところ、ある程度は市場の緩衝材となっているようだ。
アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の見方では、「下げれば買う」という行動が、何度か急落に見舞われたにもかかわらず株式市場が堅調に推移している一因かもしれない。しかし、その影響力は、アロケーションを決定する際に、株式のリスク・シグナルに対するウェイトの著しい引き上げを正当化するほど強力で持続的なものだとは考えにくい。実際、ABはこうした傾向が薄れていくと考えており、2021年8月の資金フローにはすでにその兆候が現れた。
しかし、定量的な観点から見れば、「下げれば買う」という動きはマルチアセット投資家の指針となる数多くの要因やシグナルの1つとして、注視していく価値がある。
記録的なキャッシュがけん引役に
はじめの疑問は、なぜ「下げれば買い」の動きがこれほど広がっているのか、そして、なぜ今なのか、ということである。その答えは、投資家の待機資金がかつてないほど積み上がっていることにあるとABでは考えている。
米国では消費者のファンダメンタルズが異例なほど強く、新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、貯蓄が過去最高のペースで拡大している。経済分析局によると、2021年3月までに個人貯蓄率(税金と消費を差し引いた後の貯蓄)は過去最高の27%に達した。その後は10%前後で推移しているが、それでも平均を大幅に上回っている。しかも、国内総生産(GDP)に対する純資産の比率は足元で平均6倍と、やはり過去最高水準に達している。
景気刺激策の一環として消費者に多額の小切手が配布されたことや、債務を返済し、貯蓄を増やそうとする意欲がいつも以上に高まったことなどが、記録的な資金をもたらした。しかし、経済活動の再開が続き、消費者が再び以前のような消費行動を始めれば、こうした潤沢な資金は減少に転じる可能性がある。正常化に向かうペースは、ワクチン接種の状況や新型コロナウイルスの変異株の動向に大きく左右されるだろうが、いずれは景気が全面的に拡大する場面が訪れそうだ。
今のところは、景気刺激策が終了しておらず、雇用が健全な水準にあるため、リターンの動向にかかわらず、消費者のバランスシートが引き続き投資家の株式購入意欲を押し上げる主なけん引役となるだろう。
単一のトレンドは幅広いシグナルとはならず
特に、多くのリスク・リターン要因が分散型ポートフォリオの成功を左右するとみられる場面では、「下げれば買い」という現象は注目に値する。しかし、さまざまな資産クラスに一段と大きな影響を与える他の指標のモニタリングを怠るわけにはいかない。
さまざまな指標やファンダメンタルズに関するABの分析に基づけば、株式などリスク資産の長期的な見通しは、足元のまちまちなパフォーマンスにもかかわらず依然として良好である。世界経済は着実に正常な状態に戻りつつあり、蓄積している消費者や企業の需要、力強い企業決算、景気を支える財政・金融政策などが、世界経済の段階的な回復を後押ししている。インフレリスクや生産能力の制約といった問題は存在するが、それらは一過性のものにとどまりそうだ。こうした環境を踏まえれば、株式のウェイトはクオリティーを重視しながら、若干ではあるがオーバーウェイトとすべきだとABでは考えている。
「下げれば買い」は、特に安値を拾おうとする投資家など、それぞれの投資家にとって異なる意味を持つ可能性がある。2021年に見られたほど大規模な動きが持続するとは考えにくく、ポートフォリオのアロケーションに与える影響を最小限にとどめるようにすべきだ。アクティブ運用を行うマルチアセット投資家は、ポートフォリオを調整し、柔軟性を維持する上で、幅広いシグナルを観察しながら、引き続き株式、債券、分散投資、実物資産を幅広く網羅していく必要がある。
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