ロシアのウクライナ侵攻が世界経済を揺るがしているが、中でもエネルギー価格と商品価格のさらなる高騰はインパクトが大きい。この新たなインフレの火種は金融政策の動きに影響を与えるが、各地域の状況はそれぞれ異なるため、結果として各地域が商品価格の上昇に耐えることができる能力もまた異なっている。

ウクライナの危機は、現地の人々に悲劇的な事態をもたらしているが、そのマクロ経済的な影響は世界中に及んでいる。世界銀行のデータによると、ロシアとウクライナが世界の国内総生産(GDP)に占める割合は合計で2%未満である。しかし、この数字とは裏腹に、この地域は必需品の輸出国として大きな影響力を持っており、世界経済に2つの打撃を与える可能性がある。まず、ウクライナ国内の紛争により、農産物や工業製品の出荷が減少する。第二に、欧米の制裁措置がロシアの商品輸出を阻害する。いずれの場合も、供給が制限されることで、価格が上昇する可能性が高い。

小麦・肥料のショックに直面する食料価格

ロシアとウクライナを合わせると、世界の小麦輸出の実に25%以上を占めている。また、窒素肥料はロシアだけで世界の輸出量の約13%を占めている。つまり、この紛争が世界中の食料価格を押し上げることは必至なのだ。アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の調査によると、その影響はエジプト、インドネシア、ブラジル、トルコなど、ウクライナとロシアからの輸入への依存度が高い新興国においてより大きくなることが予想される。

ネオンガスもまた、影響が出ることがほぼ確実な商品である。ウクライナのオデッサに本社を置くアイスブリックは、世界のネオンガスの実に約65%を供給している。ネオンガスはコンピューターチップの製造に不可欠な半導体にレーザー光で処理を施す工程で使用されるため、先進国でもインパクトは免れないだろう。

エネルギー輸出国としてのロシアの役割は、すべての変化の中で最も重要である可能性がある。国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアは米国、サウジアラビアに次ぐ世界第3位の産油国であり、世界市場に向けて原油を輸出する世界最大の輸出国である(IEAの記事「Oil Market and Russian Supply」(英語)ご参照)。特に、ロシアは欧州のエネルギー需要の約40%を供給している。

原油価格の高騰がもたらす問題

原油価格はロシアの軍事侵攻以前からすでに高騰していた。2022年3月7日現在、原油価格は1バレル140米ドル前後と2008年の最高値に近づきつつあり、これ以上上昇すると世界的な危機を引き起こす可能性がある(図表1)。

商品価格の上昇によりインフレ圧力が高まる.png

1970年代のオイルショック以降、一貫してエネルギー効率は向上しており、企業や消費者は価格変動を吸収することができるようになった。それでもなお、原油価格が史上最高値を更新した場合、輸入に依存する国々は困難に直面することになる。欧州ではいくつかの国がロシアの供給に大きく依存しており、足元のガス価格はコロナ危機前時点の価格の10倍以上に達し、ぜい弱な状況にある。

経済成長が脅かされている

政策立案者はエネルギー・ショックやコモディティ・ショックについてどのように考えているのだろうか。エネルギー価格の上昇はスタグフレーションの性質を持つ。つまり、短期的には物価を上昇させるが、長期的には消費が鈍化するため、成長に打撃を与える。

ここ数十年、政策立案者は一般的に商品価格ショックを一時的なものとして扱ってきた。つまり、商品価格の急上昇に対しては政策の引き締めを控えるのが正しい判断だった。しかし、すでにインフレ圧力が高まっている現下の環境では、インフレ期待が安定し続けると考えるのは危険かもしれない。地域によってインフレと経済成長のバランスが異なることを踏まえ、異なる対応がでてきてしかるべしと考えている。

地域差を把握する

地域によりインフレと経済成長のバランスが異なっていることを評価するために、欧州と米国の名目所得及び実質所得の伸びを比較した。その結果、米国の消費者は現在の物価上昇圧力に対処する上ではるかに有利な立場にあることがわかった。なぜなら、賃金統計で把握できる実質所得がプラスの伸びを示しているからだ。このため、米国の消費者はエネルギー・コストの上昇を吸収することができる(図表2)。

実質所得の伸びは地域によって異なる.png

一方、ユーロ圏では、名目賃金が4%という世界金融危機以来の健全なペースで伸びているにもかかわらず、実質賃金の伸びは横ばいまたは微減にとどまっている。その結果、物価が上昇すると消費者の購買力が低下する環境にある。しかも、天然ガス価格がここ数週間で60%上昇したこと、ソフト・コモディティや食料品の価格が今後上昇することがまだ統計には反映されていない。

欧州のインフレ率がさらに上昇した場合、2022年は欧州でマイナスの需要ショックが発生するリスクがあるとABでは考える。欧州中央銀行(ECB)が金利を引き上げる可能性があると示唆するのは、実質賃金がさらに落ち込む可能性を踏まえると、危ない橋を渡ろうとしているように思える。ECBは2011年に実質所得がマイナスの環境で金利を引き上げ、すぐにその誤りに気づいて軌道修正した事例がある。

英国では、実質所得がマイナスであるため、状況は欧州にある程度似ている。しかし、ECBとは異なり、イングランド銀行(BOE)はすでに利上げサイクルを開始している。今は利上げを続けるのは得策ではないかもしれないが、BOEが追加利上げを行うにしても、利上げを見送る場合よりも早い段階で利上げが停止される可能性が高いとABは考える。

米国はかなり状況が異なる。米国のインフレ率は欧州より高いが、所得はより健全である。名目給与は前年比約10%の急成長で、実質給与は2.7%と長期平均に近い伸びを示している。これはすべての世帯に反映されないかもしれないが、全体として経済はインフレと少しずつ歩調を合わせている。米連邦準備制度理事会(FRB)の観点からは、米国経済は利上げに対応できるということになる。インフレ率の上昇が劇的な景気減速を促すことは考えにくいため、ロシアとウクライナの紛争から生じる圧力がFRBの利上げを思いとどまらせるとは思えない。

とはいえ、注意は必要だ。予測不能な事態が発生する可能性があり、消費マインドに悪影響を与えたり、企業の投資を弱めたりする可能性がある。一部の銀行はロシア地域へのエクスポージャーを隠し持っている可能性がある。ロシアの侵攻によって生じた不確実性を考慮すると、FRBは2022年3月末に25ベーシス・ポイントの利上げで引き締めサイクルを開始はするものの、慎重なペースでの利上げを心がける可能性が高いとABでは考える。

新興国市場においては、一部の中央銀行が特に厳しい状況に置かれている。ラテンアメリカや東欧ではインフレ圧力がより強くなっており、かつ、中央銀行がすでに利上げのカードを切っている国が多い。

投資家は決して不確実性を好まず、想定できる展開を好む傾向があるが、今日はそのような贅沢はできない。しかし、戦争の陰鬱な雰囲気の中で、マクロ経済のすべての結果が不況に終わるわけではないことを忘れてはならない。例えば、紛争が短期的に終結すれば、インフレが需要を減退させる前に商品価格は下落する可能性がある。世界中の政策立案者は、事態が流動的であることを踏まえ、高速で移動する列車に乗りながら、微妙なバランス感覚を働かせる必要があるだろう。

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版はこちら。
 

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