2022年が明けた時、市場の最大の課題はインフレーションであるというのが、投資家の一般的な認識だった。しかし、足元で起こっている出来事を見れば、投資家が考慮しなければならない変数は純粋に経済的な要素だけでないことは明らかである。ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の社会・経済及び市場に幅広い影響を及ぼすゲームチェンジャーである。その影響を断定するには時期尚早であるが、既に金融市場には圧力がかかっており、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、世界経済は向こう数カ月の間に、その影響をより明確に実感することになると予想している。
地政学的リスク: ウクライナ侵攻で顕在化
地政学的緊張は水面下でくすぶることが多く、投資家が投資判断にあたってそれらを無視することは、結果として正しいことも多い。しかし、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、そのような緊張状態が、時としてはるかに深刻な事態に発展し得ることを再認識させた。この東ヨーロッパにおける戦争状態の勃発は、世界中の怒り、大規模な人道的危機、そして市場の混乱を引き起こした。
現時点では、多くの国々にとって自国経済への直接的影響は限定的であるとABは見ているが、グローバルな観点からは経済的影響は不可避である。この危機は、世界経済にとって不都合なタイミングでやって来た。多くの国々においてインフレ率が既に高すぎる状況の中、この紛争によってエネルギー価格が上昇しインフレ率にさらなる上昇圧力をかけることは、歓迎できない。
エネルギー価格の上昇は、期待インフレ率に歯止めが効かなくなるリスクを増大させる。これは、東欧からのコモディティ輸入に対する直接のエクスポージャーがほとんどない国や地域でも同様である。コモディティ価格の上昇はまた、消費者が他の消費に回せるお金を減らし、経済を停滞させる。さらに、ウクライナ侵攻に伴う金融市場への打撃は金融環境に引き締め効果をもたらしており、向こう数四半期にわたり経済成長が妨げられる可能性が極めて高い。高インフレと低成長は、経済にとって悪い組み合わせである。
付け加えれば、地政学リスクを無視することに慣れてしまった投資家は、こうした出来事を踏まえ、2022年現在の世界には、他にも多くの紛争地域が点在することを想起するだろう。それら1つ1つが、定期的にボラティリティーの上昇を引き起こし、リスク・プレミアムを増大させ、市場にさらなる試練をもたらす可能性がある。
選挙: リーダーシップやパワー・バランスに変化?
地政学的紛争以外にも、2022年は世界的に影響があり得る選挙がいくつか予定されており、その多くが国または地域レベルにおける大きな分岐点となる可能性がある。網羅的なリストを手短に示すことは現実的ではないが、現時点で特筆に値すると思われる選挙をいくつか挙げてみよう。
4月には、エマニュエル・マクロン大統領が再選を目指すフランスの大統領選挙が行われる。生活コスト上昇から労働規制、環境に至る幅広い問題が争点となっている。また、ハンガリーでは4月3日に議会選挙(一院制)が行われ、欧州連合(EU)とは距離を取るヴィクトル・オルバン首相率いる右派与党が野党連合を破り、同氏の4期連続(通算では5期目)の首相就任を決めた。
アジアでは、コロナ禍からの脱却を図るフィリピンでロドリゴ・ドゥテルテ大統領の後任を決める選挙が、5月に予定されている。さらに、ブラジルのジャイル・ボルソナーロ現大統領は、前大統領ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ氏との間で、再選に向けて激しい選挙戦を繰り広げており、結果は10月初旬に明らかとなる。そして11月には、米国の有権者が同国の立法アジェンダに大きな影響を与える中間選挙で票を投じることとなる。
インフレによる政策課題の複雑化
インフレ率は、コロナ禍のさなか多くの国々で急上昇し、その後も高止まりしている。ロシアによるウクライナ侵攻が始まる前の段階でも、金融引き締め予想が国債利回りに対する上昇圧力や株式市場への下方圧力となっていた。インフレはいずれ鎮静化するというのがABの見方であるが、それには数か月を要し、その間市場は不安定な状態に置かれるだろう。
インフレの加速と経済成長の鈍化の組み合わせは、中央銀行にとって厄介な課題となる。過去何十年もの間、低いインフレ率のおかげで、政策担当者は地政学的緊張やそれに伴うコモディティ価格上昇には見て見ぬふりをし、もっぱら経済成長に対する逆風への対処に注力することが可能だった。しかし、インフレ率が既に目標値を超えている今回、それは叶わないであろう。
ABでは、米国連邦準備制度理事会(FRB)が、2022年3月に利上げを開始した後まもなくバランスシートの縮小も開始すると予想してる。ロシアのウクライナ侵攻によって米国が受ける直接的な経済的影響は限定的であることに鑑みれば、足元のインフレ率は、侵攻を理由に利上げプロセスを軌道修正するには高すぎる水準にある。一方、欧州中央銀行(ECB)は、金融政策正常化への工程に関しては米FRBよりも初期段階にあることから、短期的には利上げの可能性は低い。とはいえ、ECBも資産購入のペースを落としつつある。ABでは、欧州のロシア及びウクライナとの地理的な近さや経済的な関係性の強さを考えれば、欧州経済には利上げに耐えられるほどの強さはなく、当面ECBが有意な金融引き締め政策に転じることはないと予想する。
米FRBなどの金融引き締め政策により、世界的にイールドカーブはフラット化が進むであろう。また、より広範な金融環境も引き締まり傾向が続くと思われ、財政面での刺激策縮小の見通しもあいまって、経済成長の鈍化に追い打ちをかける。金利上昇や引き締め政策長期化の見通しは、アセットクラス横断的にリスクプレミアムを押し上げるであろう。
新型コロナウイルスの影響は解消するのか?
ウクライナからは暗いニュースが続いているが、金融市場への悪影響を多少相殺するかもしれないポジティブな動きも、言及に値するだろう。新型コロナウイルスは、最初の感染拡大からデルタ株・オミクロン株の流行まで2年間にわたり、公衆衛生や経済に対し大きな影響を及ぼし、市場にとって最大の関心事であった。しかし、足元では多くの国々でオミクロン株も急速に勢いを失いつつあり、感染者数も減少している。
もちろん、新たな変異株出現の可能性が残っている以上、パンデミックの終息宣言を出すには時期尚早である。しかし、このウイルスがすでに及ぼした広範な影響やワクチン・治療法の普及を考えれば、新型コロナウイルスが経済活動の最大の決定要因としてはたらく時期は終わりに近づいていると考えられる。パンデミックの終息が近づく中で経済成長が回復に向かう初期的兆候は世界各地で見られており、これはウクライナ情勢の悪影響を相殺するには足りないかもしれないが、衝撃を一定程度緩和する可能性がある。
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