ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻は、冷戦以来何十年にもわたって続けられてきた、欧州における平和を確たるものにしようとする取り組みを崩壊させた。投資家にとっても、新たな世界秩序は、資産クラスや証券に関する分析の基盤を揺さぶる形となった。

 

ウクライナで起きている人道的な悲劇は世界に衝撃を与えている。ソビエト連邦が30年以上前に崩壊して以来、おおむね維持されてきた欧州における平和と安全は、もはや当たり前のものではなくなった。株式や債券の投資家は今、地政学的イベントが世界のマクロ経済に与える影響や(以前の記事 『ロシア侵攻によるエネルギー・ショックが迫る金融政策の見直し』ご参照)、それらが個々の国や企業、そして銘柄選択にどんな影響を与えるかについて、改めて考え直さなくてはならない。現時点では依然として答えよりも疑問の方が多いが、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の運用チームが注視しているいくつかの大きな問題について紹介したい。

 

欧州はどう変化していくのか?

欧州諸国は何年にもわたり、ロシアからのエネルギー輸入への依存度を高めてきた。侵攻前の時点で、欧州連合(EU)と英国が輸入する天然ガス合計の約3分の1がロシアからであり、特にドイツ、イタリア、ハンガリー、ポーランドのロシア依存度が高い。また、国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシア産原油の約60%が欧州向けとなっている。現在、欧州諸国はエネルギー戦略の見直しを進めており、短期的には化石燃料の代替エネルギー源を必要とする一方、長期的には再生可能エネルギーの推進を加速させることになりそうだ。一方、ロシアは欧州市場から締め出された場合、中国や他のアジア諸国に供給を振り向けようとする可能性がある。

 

欧州にとって、国防は突如として優先事項となった。例えば、ドイツは2022年予算で1,000億ユーロの軍事支出を計上した。それは2021年の倍以上の規模で、第二次世界大戦後の歴史で前例のない動きである。株式市場は侵攻を嫌気して下落しているが、欧州の防衛関連銘柄の一角は株価が急伸している。

 

エネルギーや防衛に関するニーズが欧州を活気づけている。2022年3月9~10日にフランスで開催されたEU27カ国の首脳会議では、ロシアへのエネルギー依存度を引き下げ、国防支出計画の足並みを揃える戦略について検討を始めた。メディア報道によると、EUはこれらのニーズを満たすため、共同債を発行する可能性がありそうだ(ブルームバーグの記事 「EU to Consider Massive Joint Bond Sales to Fund Energy, Defense」(英語)ご参照)。こうした動きは、欧州の政治・経済統合に大きな潮流変化をもたらし、さまざまな資産クラスの投資家に大きな影響を与える可能性がある。

 

コモディティに与える影響は?

エネルギーや金属、その他の原材料価格の高騰は、20年前のトレンドの再現のように見えるかもしれない。しかし、現在の状況は、需要がけん引役となった2000年代におけるコモディティのスーパーサイクルとは大きく異なっている。今回起きているのは供給ショックである。

 

ロシアとウクライナは世界の小麦の約4分の1を供給している。肥料もロシアの主要輸出品である。食料や燃料価格が上昇すれば、特にロシアやウクライナからの輸入が多い新興国は経済的打撃を被りやすく、社会不安や財政再建の遅れを招く恐れがある。新たなエネルギー供給源の確保には時間がかかるため、当面は価格上昇による需要抑制を通じて需給を均衡させる以外に道はなく、世界の一部はリセッションに陥る可能性がある。

 

コモディティ市場は制裁の影響を消化し始めたばかりである。しかし、時間が経つにつれ、生産や輸送、精製能力の大きな変化により、これらの市場は現在とは全く異なるものとなりそうだ。さらに、ロシアやウクライナからの供給減少を補うための代替エネルギーやエネルギー効率、新素材向けの投資が加速する可能性に注目している。

 

脱グローバリゼーションは加速しているのか?

近年のポピュリズム台頭、そして新型コロナウイルスによるサプライチェーンの混乱は、過去数十年にわたるグローバリゼーションの流れを脅かした。ロシアが多くの市場から締め出された今、グローバリゼーションの巻き戻しが加速するのだろうか?それを判断するのは時期尚早だが、輸出データや新規プロジェクト投資に関する指標を注視していく必要がある。

 

生産を本国に戻す企業が増えれば、コストの相対的な高まりがインフレ率の上昇をもたらす。一方で、本国回帰は国内投資の拡大につながり、賃金が上昇して内需を押し上げる可能性がある。

 

ポートフォリオにおける地政学的リスクを どう管理するか?

選挙から戦争まで、地政学的な動きについて信頼できる確率を割り出すことは本質的に困難である。投資家は一般的に政治的な動向に注目しているが、株式や社債に関するファンダメンタルズ分析では、リターンやリスクを左右する事業上の要因をより重視する。

ウクライナにおける戦争や欧米の制裁措置の大きさは、確率が低くとも大きな影響をもたらす地政学的イベントが起きれば企業や資本市場に甚大な影響が生じることを投資家に思い起こさせた。

 

地政学的イベントに対するリスク・プレミアムについては再評価の必要がありそうだ。場合によっては、確率の低いリスクは評価が困難であるため、単に無視すればいいと結論付けるかもしれない(まさしく大惨事となるイベントに対しては、それが適切なアプローチかもしれない)。無視できないケースにおいては、これまで可能性が低いと考えられていた潜在的なリスクの高まりにより、一部の高リスク資産は投資不可能になるか、少なくともリスクプレミアムが著しく高まることになるかもしれない。

 

 

環境・社会・ガバナンス(ESG)問題を考え直す必要はあるか?

エネルギー不足は、炭素排出量をネットゼロにすることを急ぐ世界的な取り組みに大きな疑問を投げかけている。ABではウクライナ侵略が始まる前から、再生可能エネルギーで電力を賄う世界を実現するには、今後10年間に十分なエネルギー供給を確保する信頼できる移行計画が必要だと考えていた(以前の記事 『再生可能エネルギーへの道筋は意外と複雑』ご参照)。その疑問はここにきて一段と鮮明になっている。

 

小麦や穀物の不足は、ブラジルなどの国々における生産拡大を促し、アマゾンの森林破壊を再加速させる可能性がある。そうした場合、我々は低価格の食料を求める社会的ニーズと、森林破壊を防ぐ環境面のニーズについて、どのようにバランスを取ればいいのだろうか?

 

戦争は、ESGを重視する投資家の防衛関連企業に対する考え方を変えるのだろうか?ESGを重視する投資家の多くはこうした企業を避けているが、もしこれらの企業がウクライナやその近隣諸国、欧州全体の自由や民主主義を確保する上で不可欠だとみなされれば、そうした考えも変わる可能性がある。また、ESG分析において国家の行動をもっと重視すべきなのだろうか?そうだとすれば、どうすればいいのだろうか?こうした複雑な問題を多面的に理解し、好ましいESGと投資パフォーマンスにつながるバランスのとれた視点を形成するために、我々はファンダメンタルなリサーチや積極的なエンゲージメントに注力している。

 

戦争という霧に包まれる中、人々の生活や投資の世界がどう変化するのかは依然明確ではない。投資家にとっては、国家や企業を分析し、ポートフォリオを構築する方法を長期的な視野に立って捉え直す必要性が高まっていると言えるだろう。

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版は こちら。

本文中の見解はリサーチ、投資助言、売買推奨ではなく、必ずしもアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)ポートフォリオ運用チームの見解とは限りません。本文中で言及した資産クラスに関する過去の実績や分析は将来の成果等を示唆・保証するものではありません。 
 
当資料は、2022年3月11日現在の情報を基にアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーが作成したものをアライアンス・バーンスタイン株式会社が翻訳した資料であり、いかなる場合も当資料に記載されている情報は、投資助言としてみなされません。当資料は信用できると判断した情報をもとに作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。当資料に掲載されている予測、見通し、見解のいずれも実現される保証はありません。また当資料の記載内容、データ等は作成時点のものであり、今後予告なしに変更することがあります。当資料で使用している指数等に係る著作権等の知的財産権、その他一切の権利は、当該指数等の開発元または公表元に帰属します。当資料中の個別の銘柄・企業については、あくまで説明のための例示であり、いかなる個別銘柄の売買等を推奨するものではありません。アライアンス・バーンスタイン及びABはアライアンス・バーンスタイン・エル・ピーとその傘下の関連会社を含みます。アライアンス・バーンスタイン株式会社は、ABの日本拠点です。

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