欧州中央銀行(ECB)は、金融政策において、「気候に関するパフォーマンスが優れた」企業の社債を重視する方針を発表した。世の中の流れからすると総じて歓迎すべき動きだが、発行体をはじめとするさまざまなステークホルダーが存在するため、言うは易く行うは難しといえる。定量的なデータが拡充し、意思決定ルールには役立つように見えるかもしれないが、投資家が気候変動の原因と影響に対処するには、気候問題に関する包括的な理解が必要となろう。
 
ECBは2022年7月、気候変動問題を金融政策運営に組み入れる日程について、2022年10月から正式に開始すると発表した(ECBプレスリリース 「ECB takes further steps to incorporate climate change into its monetary policy operations」(英語)ご参照)。政策運営に当たって気候問題を重視する方法としては、社債買い入れプログラムばかりでなく、ディスクロージャー指針、リスク評価、担保に関するフレームワークも含まれる。この計画に基づき、ユーロシステムのバランスシート上の資産のうち、気候問題に関するパフォーマンスが優れた企業が発行する資産の割合を、パフォーマンスが劣る企業が発行する資産よりも引き上げる考えだ。これは単純なことのように聞こえるが、この計画を実行するのは現実的に著しい困難を伴っている。
 

気候関連投資の現実的な課題

気候問題は複雑である。気候変動を意識している投資家が効果的な意思決定フレームワークを構築するためには、より優れたデータ、専門家の見識、精緻なアプローチを必要とするが、以下の4つのポイントが重要である。
 
排出量の理解: 炭素排出量の少ない企業を優遇するという純粋に定量的な選択プロセスは、十分に機能しない可能性が高い。現在は企業によるスコープ1及びスコープ2の排出量のみが幅広く報告されているが、多くの業界では、スコープ3の排出量が環境に主たる影響を与えている(図表)。

 
 
 
スコープ3の排出量は主要産業全般にわたってスコープ1及び2の排出量を大幅に上回っている.png
 

 
スコープ3の排出量は今のところあまり公表されていないため、投資家は多くの場合、外部プロバイダーが推定したデータに頼っている。しかし、そうした推計値には必然的に限界があり、それが重大な影響をもたらす可能性がある。投資家は企業との直接的な対話を通じ、実際のスコープ3排出量について理解及び評価することができる。
 
例えば、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は最近、中南米の大手ファストフード・フランチャイズ会社と面談した。この会社は一見すると特に問題のない外食セクターに分類されるが、スコープ3の排出量が多いことが明らかになった。実際、この会社の炭素集約度は平均的な化学会社と同じ程度で、炭素排出量は広く利用されている外部機関による推定値の約13倍に達していた(スコープ3の排出量データを公表する企業が増えてくるのに伴い、現在の推計方法は見直されると思われる)。
 
欧州連合(EU)は、提案されている企業サステナビリティ・レポーティング指令を通じて開示を義務づけたいと考えているが、ECBは間接的な排出量を自主的に公表している企業を優遇することでスコープ3のデータ 不足に対処しようとする可能性がある。
 
このアプローチは、透明性を改善している企業に報いるもので、気候問題に関する情報開示を促す上で貴重なインセンティブになると考えられる。しかし、それによって得られるデータは明確なものではないかもしれない上、外部機関による推定値に限界がある中では、信頼できる十分な比較対象が得られない可能性がある。
 
移行プランを評価する: 過去の実績が将来のパフォーマンスの参考となるわけではない。炭素排出量を持続的に削減することは、企業の戦略プランが将来の排出削減を目指していることを意味する。そのため、気候問題について長期にわたり信頼できる取り組みを進めている企業を見極めることが重要になる。科学的根拠に基づく目標(SBTi)やネット・ゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)といった専門的な独立情報源や気候問題に関する透明なコミットメントを参考にすれば、実証可能で長期的な取り組みを進めている企業と、まだ実践する意志のない企業を区別することができる。
 
ECBが長期的なコミットメントをどのように評価するかは、まだはっきりしない。例えば、SBTiはまだEUによる直接的な支援を受けていない。また、積極的なエンゲージメントプログラムがなければ、ECBが企業の進捗状況を長期的に評価することは難しい。
 
気候問題に関するイノベーションを重視する: 現時点において炭素排出量の多い業界の一部は、将来的に気候に関するソリューションを提供する上で重要な役割を果たす可能性がある。例えば、自動車産業は排出量の多い内燃機関技術から脱却するためのテクノロジーや製品の開発を進めている。多くの相手先ブランドメーカー(OEM)や部品サプライヤーは、気候問題に関する野心的な長期目標を掲げ、多額の設備投資を約束しており、自動車業界に真の変革をもたらす可能性がある。そのためには、排出量を測る単一の指標では把握できない企業の戦略について、深く掘り下げて分析する必要がある。
 
気候変動への耐性を高める: たとえパリ協定に沿って地球の気温上昇幅を摂氏1.5度以内に抑えることができたとしても、我々は気候変動がもたらす不可逆的な影響に適応するため、インフラや社会を改善する必要がある。なぜなら、異常気象は今後も頻度が高まり、建物や交通機関、医療システムに打撃を与える可能性が極めて高いからである。例えば、大量のエネルギーが必要な建設業界は、より効果的な断熱材などを通じて、持続可能なテクノロジー、構造、資材の開発を進めるために重要な役割を果たさなくてはならない。
 
低炭素社会への移行は、気候変動の原因に対処するための重要かつ緊急の課題である。ABは気候変動対策や、地球温暖化問題に取り組む企業を注視している。
 
しかし、その行動が十分に検討され、問題の全体的な理解に基づいたものであることを確認するとともに、移行を成功に導く上で不可欠な活動を進めている企業が報われることが重要である。
 
ABはECBの取り組みについて、正しい方向に向かう一歩だと認識しており、気候問題が抱える複雑な現実をさらに反映させる形で政策ガイドラインが進化することを期待している。
 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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