大幅な物価上昇を背景に、多くの先進国では中央銀行が金融政策の引き締めに取り掛かっている。ほとんど唯一の例外となっている日本銀行(日銀)もこの動きに追随するのだろうか?この質問に答えるためには、まず日銀がこれまでに講じてきた手段について振り返ってみる必要がある。
 

マイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールに至った経緯

安倍晋三元首相が日本再興戦略として大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」(以前の記事 「The tides are turning: 2021 Reshoring Index」(英語)ご参照)からなるアベノミクスを提唱してからおよそ10年が経った。しかし、日本はまだ目標達成のための適切なバランスを見いだせていない。
 
金融政策に関しては、慢性的なデフレ脱却のために、日銀はまず2013年に従来「中長期的な物価安定の目途、当面は1%」としていた政策目標を、「物価安定の目標、2%」に引き上げた。
 
そして2016年、2%の物価目標早期実現のため、日銀は政策金利(金融機関による日銀当座預金の一部に適用される金利)を-0.1%に設定するマイナス金利政策を導入すると共に、巨額の長期国債買い入れをこのマイナスの政策金利を下回る金利で実施することを決定した。突然の政策変更であったためか、市場の反応は日銀にとって想定外のものとなった。イールドカーブはブルフラットニングし、銀行株は下落、そして円高が進行した。
 
こうした経緯を受け、同年9月、日銀はマネタリーベースの拡大方針を継続しながら10年物国債金利がおおむねゼロ%程度で推移するよう買い入れを行う「イールドカーブ・コントロール」を導入するに至った。これにより、当初マイナス金利を導入した時の意図どおり、イールドカーブはスティープ化し(図表1)、インフレ期待や銀行株も回復した。そして、米ドル高の恩恵もあって円安基調となった。
 
 

 
日銀の政策はイールドカーブの形状に大きく影響.png
 

 
それから6年を経た現在、マイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールに未だ変更はない。しかし、2022年6月には日本国債のイールドカーブに変化があった。投資家が日銀の金融政策変更を織り込むようになったのだ。例えば、6月の金融政策決定会合直前には図表2のようになった。日銀が無制限に0.25%で買い入れを行う10年物以外の年限は明確にそのレベルを超えてしまったのだ。
 
実は、マーケットでこのような売り仕掛けが行われたのは初めてではない。過去30年にわたり、日本国債市場で海外投資家が投機的な売りポジションを構築することは幾度となくあった。しかし、この需要の強固な市場がそうした売り手に敗れたことはなく、投機家を路頭に迷わすという意味の「widow makerトレード」として広く知られている。
 
 
 
イールドカーブに顕在化した政策変更「催促」.png

 
 

金融政策変更に対する政治的圧力

米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)などの金融引き締め規模やスピードを踏まえると、イールドカーブ・コントロールの微調整やマイナス金利政策を終了させる10ベーシス・ポイント(bps)の利上げといった日銀が直ちに採り得るような政策変更は、相対的に小規模な経済効果しか望めない。しかし、そもそもイールドカーブ・コントロールの導入がマイナス金利政策導入時の一種のダメージ・コントロールであったことを考えると、政策変更の可能性を探るにはマクロ経済環境よりも政治環境を評価する方が適切と思われる。当然、定量化することは難しいが、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では次の2つの指標に注目している。
 
交易条件。交易条件とは、輸出価格を輸入価格で割った、いわば輸入品と輸出品の交換比率のことであるが、家計が為替水準などによって受ける影響を測る指標の1つでもある。内外金利差拡大を背景とする円安の進行により、現在は過去25年で最悪の水準に落ち込んでおり、国民の間では輸入品の値上げによる物価上昇への不安が高まっている。
 
内閣支持率。マーケットに動意があった6月までは、岸田内閣の支持率は60%超と非常に高く、政治家がインフレ対策として金融政策に目を向ける必要はなかった。しかし安倍元首相銃撃事件とその後の捜査進展により状況は一変する。多数の自民党議員と特定の宗教団体の関係が明らかになるにつれ、支持率が7月には52%、8月中旬には36%へと急落したのだ。このため、政治的に金融政策が注目される可能性が高まっていると考えられる。
 

注目の日本国債市場

日銀が大きな、または早急な金融政策変更を迫られているわけではないが、債券投資家は政策変更に対する市場外部の圧力の変化に目を配る必要があるだろう。厳格なイールドカーブ・コントロールの運用、つまり巨額の国債買い入れを続けてきたことにより、世界第3位の規模を誇る債券市場の流動性は既に大きな打撃を受けている。仮に政策変更があった場合、市場における直後のインパクトは限定的かもしれないが、その後すぐに次の政策変更を織り込みにいく動きが広がることも想像に難くない。つまり、さらなる流動性の減少が起きかねない。これは債券市場、そして長期金利の影響を受ける広範な産業や家計にとって大きな潜在的リスクである。

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