米国と中国の貿易戦争の本格化を受け、人民元相場が不安定化している。対立がさらに激化すれば、中国は人民元のさらなる下落を容認する可能性がある。投資家にとって、それは一段のボラティリティ上昇と金融環境のひっ迫につながる恐れがある。

 

トランプ米国大統領が年間4,500億米ドルに上る中国からの輸入品事実上すべてに関税を課す案を発表したことから、人民元の対米ドル相場は6月に急落した。直近では、トランプ大統領は中国が一定の譲歩を示さない場合、対象品目の半分近くについて関税をさらに引き上げると警告した。

 

中国の成長は鈍化  

もちろん、人民元相場を圧迫しているのは貿易戦争ばかりではない。図表が示すように、人民元は過去2年余りにわたっておおむね米ドルと同じような値動きを示し、世界の為替市場に安定をもたらす役割を果たしてきた。

 
 
人民元と米ドルの動向にかい離.png
 
 

しかし、その関係は、関税措置が発表される前、年初頃からすでに変わり始めていた。当時、中国経済の見通しには影が差し始める一方で、米国経済は好調に推移していた。米中の金利格差も米ドルのプラス要因となったため、この時点での人民元の対米ドルの動きにはファンダメンタルズに基づく理由があったように見える。

 

しかし、米ドルが他通貨に対し上昇した場面でも人民元は米ドルとの連動性をそこそこ維持してきた。4-5月には、新興国通貨が下落する一方で米ドルがさらに上昇したため、人民元はさらなる困難な環境に直面することになったが、それでも人民元相場はさほど反応しなかった。

 

こうしたファンダメンタルな要因は、それだけで6月の人民元の下落を説明する十分な理由となる。米国が中国からの輸入品に対する関税を発表しなかったとしても、人民元の下落はマクロ経済の現実に「追いつく」動きと受け止められたに違いない。

 

しかし、結果として米国の関税措置は人民元の下落に拍車をかける要因となった。貿易が落ち込めば中国の経済成長が鈍化するからだ。通商問題に関する駆け引きと中国の経済ファンダメンタルズがいかに相互に影響を及ぼし合っているかを理解することが重要なのはこのためである。この関係性は中国の政策に大きな影響をもたらす可能性がある。

 

企業業績にも悪影響   

例えば、正常な市場環境においては、中国人民銀行は人民元に対する漸進的なアプローチでファンダメンタルな変化に対応する。人民元を比較的安定的に保ちながら、経済見通しに応じて緩やかな人民元安を容認するだろう。

 

だが今は、貿易摩擦がさらに激化し、ファンダメンタルズがさらに悪化しそうになれば、人民銀行はより急ピッチの人民元安を容認する可能性が十分ある。このリスクは、当然6月時点でも検討し始めていたと思われる。

 

そうした中、企業業績の動向に注視する必要がある。来年は中国経済が困難に直面する見込みで、ファンダメンタルズ面だけを取ってみても人民元の見通しは明るくない。貿易戦争がファンダメンタルズのさらなる悪化を招けば、企業業績も悪影響を受けることはほぼ間違いない。

 

その場合、人民銀行は人民元相場だけでなく、幅広い政策を通じた対応を余儀なくされる。

 

迫りくる人民元の臨界点    

それは投資家にどんな影響を及ぼすのだろうか? 米国は4,500億米ドルに上る中国からの輸入品を関税の対象としているが、今のところ発動されているのは500億米ドル分で、9月に2,000億米ドル相当の製品に関税を追加発動する計画だ。また、残りの2,000億米ドルについては中国の対応にかかっている。

 

ファンダメンタルズ要因だけでも、人民元の対米ドル相場は中期的に1米ドル=7.00元に向けて下落すると予想される。米国が9月に関税の対象を拡大すれば、人民元はその水準を超えてさらに下落する可能性がある。

 

一方、米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとする一部の中央銀行が金融システムから過剰流動性を吸収し始めているため、人民元安と同時に米ドル高が進行する公算が高い。それは世界の金融環境に大きな影響をもたらす可能性がある(以前の記事『Midyear Outlook: What a Trade War Could Mean for the Bond Markets, and More』(英語)ご参照)。人民元の下落と米ドルの上昇は、他の新興国通貨にとってさらなる圧迫要因となる見通しで、それはまた各国の債券市場に悪影響を与える可能性がある。

 

財政措置や資本規制を含む幅広い政策の選択肢があることを踏まえれば、人民元相場を管理する人民銀行の能力に疑問が持たれる状況ではないが、米国の貿易政策が中国の通貨や経済に与える影響を見極める必要があるため、当局の課題は一段と複雑なものとなっている。

 

おそらく、人民元を管理する中国の政策当局者にとって今のところ最大の変化は、少し前までは人民元をグローバルな通貨にするため努力していたのに対し、今は守りの姿勢に入っていることだ。

 

グローバルな投資家も、自分たちが守りの姿勢を取らざるを得ないと感じているかもしれない。ABも、年内はボラティリティがさらに高まる局面が到来する可能性が高いと見ており、為替相場の動向には注視が必要だと考えている。

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