2020年4月20日、原油価格は史上初のマイナス圏に転落し、ウェスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油先物は期近の5月物で1バレル当たりマイナス37.63米ドルの安値をつけた後、プラス圏を回復した。

史上初のマイナス圏への転落は資本市場全体に衝撃を与えたが、意味するところはさまざまである。エネルギー・セクターにおいて、原油価格の下落による影響は、上流の探鉱・生産(E&P)企業と、中流の加工・輸送サービス(パイプライン)を手がける企業とでは大きく異なる。前者は原油価格の下落による直接的な影響を受ける一方、後者の事業は多くの場合において複数年にわたる数量契約に基づいており、収益への影響は間接的かつタイムラグを伴うものとなる。そして、原油価格の急激な変動により引き起こされる社債価格の混乱は、アクティブ投資家にとって魅力的な投資機会となり得る。

原油価格急落によるエネルギー・セクターへの影響及び潜在的な投資機会について評価する前に、まず、急落の背景について振り返ってみよう。

需要と供給の大幅なかい離

新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動の停滞に伴い、2020年1-3月期の世界の石油需要は急減した。この需要ショックだけでも原油価格の大幅な下落を引き起こすには十分であったが、時を同じくしてOPECプラス(注)は減産合意の延長に失敗し、火に油を注いでしまった。市場シェアの拡大を目指したサウジアラビアとロシアが、協調姿勢をかなぐり捨てて生産拡大と価格競争に走ったことにより、原油価格は2020年1月の高値63.27米ドルから一気に20米ドル台まで下落し、史上最大級の急落を記録した。

最近になってOPECプラス加盟国は減産合意に達したものの、実際に減産が行われるのは5月まで待つ必要があることなどから、足元では採掘された原油を貯蔵するスペースの不足を懸念する声が聞かれ始めている。

深刻な貯蔵スペース不足は一時的なものとなる可能性が高いとABでは見ており、1カ月先の6月のWTI先物契約がプラスを維持しているのは債券投資家にとって非常に重要な手がかりである。エネルギー企業の健全性を左右する最大の要因は中長期の原油価格水準であって、足元の需給バランス崩壊や期近の先物価格ではないからだ。多くのE&P企業が2020年を通じてヘッジを行っているのも、短期的な原油価格の乱高下による影響を回避するためだ。

極端な原油安値は持続しにくい

長期的には、原油価格が現在のような低水準にとどまる可能性は低いと見られる。新型コロナウイルス危機からの脱出に従って、需要回復が期待されることに加えて、供給面では、30米ドル以下の原油価格は持続可能ではないからだ。生産コスト割れの状況では、産油国は生産を減少させる経済的なインセンティブを持つ上、設備投資の急速な縮小は稼働率の低下につながる。これらはいずれも、中長期的な原油価格の押し上げに寄与する。

もちろん、原油価格がいつ回復するのかを予測することは困難だ。需要が以前のレベルに戻り、原油価格が30米ドル以上に回復するにはなお時間がかかるだろう。また、多くのエネルギー関連企業において株価下落によりエクイティ・クッションが縮小していることから、債券投資家は、格付の下振れリスクを分析するにあたって裏付けとなる資産価値をより慎重に評価しなくてはならない。

ハイイールド債: 2015年からの教訓

2015年のエネルギー価格下落時に投資家が学んだとおり、ハイイールド(非投資適格)債への投資は時に大きなリスクとなり得る。当時、エネルギー関連社債は米国ハイイールド社債市場において最大20%程度のウェイトを占めており、2015年後半のエネルギー価格暴落は、財務レバレッジの高いエネルギー関連企業の社債に甚大な影響を与えた。

現在、エネルギー関連社債は米国ハイイールド社債市場の約12%を占めており、熱は再び高まり始めている。エネルギー関連事業は資本集約的な性質を持っており、安定した資金調達が不可欠だが、現在の原油価格水準では、相対的に信用力の低い企業は資金調達に苦戦する可能性が高い。エネルギー関連以外のハイイールド企業にとって、低い原油価格はこれまでクレジット・サイクルの長期化というプラスの効果をもたらす結果となってきたが、新型コロナウイルス危機の拡大により、状況は変わってきている。

30米ドル以下の原油価格水準において、フリーキャッシュフローの赤字を防ぐためには、大規模な設備投資及び生産の削減と、大規模な追加的資本が必要となることに、一部の企業はすでに気づき、対策を講じ始めている。

ハイイールドのエネルギー関連社債に投資するにあたっては、十分な選別を行うことが過去にないほど重要になってきていると言えよう。より多様で質の高い資産を持ち、経験豊富な経営陣を擁し、生産コストが低い企業をふるい分ける必要があるのだ。

原油価格下落のインパクトは、上流と中流とで異なる

中流セクターの企業は2015-2016年以降、バランスシートの改善を続けてきていることに加え、E&P企業に比べて原油価格の影響を受けにくい構造であることから、現在の環境下でも生き残れる可能性が高いと期待される。一方で、中流セクターの全ての企業が安全であるわけではない。設備投資資金を株式ではなく負債による調達でまかなっているケースもあり、ボラティリティの高まりなどにより市場からの資金調達が難しくなる場合には、いずれ手元流動性の確保が難しくなる可能性がある。

また、エネルギー価格の低迷が続くことにより、資産売却による資金確保が難しくなるであろう点も考慮しなくてはならない。これらの手段に頼ることなく、成長のための設備投資や配当支払いを削減することで手元流動性を確保する必要性が高まっている。

さらに、もし現在の原油価格水準と貯蔵スペース不足が続けば、生産量は減少に向かうだろう。生産及び輸送の停止は、今後の生産量ひいては価格に関する予測形成に影響を与える。ここでは、不動産と同様、立地条件が大きな鍵を握る。どの油田からのパイプラインを操業しているかによって、収益への影響が変わってくるからだ。

全体的に見て、中流セクターは魅力的だ。リスク分散された事業モデルを持ち、フリーキャッシュフローの創出とバランスシートの改善に注力している企業には、引き続き投資価値があると考えている。

上流セクターについては、多くの投資適格企業がハイイールドへ格下げされるだろうと予想している。すでに、フリーキャッシュフローの確保と手元流動性の改善のために設備投資や配当支払いの削減が発表され始めており、フォーリン・エンジェル(投資適格からハイイールドへ格下げされた社債)の増加は避けられないだろう。先般発表された米連邦準備制度理事会(FRB)のプライマリー市場企業信用枠(PMCCF)はこれらの企業が必要とする流動性をバックアップし、生き残りを助ける役割を担うこととなる(以前の記事『FRBの流動性供給はグローバル社債市場に落ち着きをもたらそう』 ご参照)。

ABの分析では、上流セクターにおいて、比較的高格付の企業が最も魅力的である一方、原油価格から大きく影響を受けるハイイールド格の企業に対しては、引き続き警戒すべきであると考えている。

エネルギー・セクターへの投資は慎重に

中期的には原油価格の回復を見込むものの、足元の極端な安値は多くのエネルギー企業を苦しめている。大規模な設備投資削減や減産は避けられないが、それだけでは生き残れない企業も出てくるだろう。

債券投資家は、現在の原油価格ショックに対して特にぜい弱と見られる企業への投資を抑えることを検討すべきとABは考える。同時に、今回の広範囲なセル・オフにより、相対的に抵抗力のある企業を魅力的なバリュエーションで組み入れる余地が生まれている。

最もぜい弱と見られる企業を除外し、抵抗力のある企業を組み入れることにより、短期的なストレスに耐え得るとともに、石油市場の長期的な均衡回復を見据えたポートフォリオを再構築することができるだろう。

(注)OPECプラスは、OPECに加盟する11カ国(イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラを含む)及び非OPECの産油国10カ国(ロシア、メキシコ、カザフスタン、アラブ首長国連邦、リビア、アルジェリア、ナイジェリアを含む)を指します。
 

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