債券市場は2020年3月の暴落と流動性の枯渇を経て回復への道のりを歩み始めているが、信用リスク移転(CRT)証券の戻りは鈍い。CRT証券は近年、比較的利回りの高い新しい不動産関連証券として注目を浴びてきたが、 今後どこへ向かうのだろうか。
この疑問に答えるためには、3月のCRT市場の下落が大きくなった理由を知ることが重要である。当初の下落は、新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込むための経済のロックダウンによって失業率が上昇し、住宅ローンの延滞やデフォルトが急増するのではないかという懸念による。つまり、住宅市場のファンダメンタルズへの不安である。
一部のリートやヘッジファンドなどの投資家がCRT証券の良好なファンダメンタルズを評価し、レバレッジを掛けてこの市場に参入していたことが、下落をさらに急激なものとした。証券価格が下落し、レポ市場が圧迫されたことで、これらの投資家は追加保証金を要求され、強制的に売却を余儀なくされたのである。
CRT証券の価格は回復し始めているが、そのスプレッドはまだ危機以前の数倍に達しており、新型コロナウイルスに関連したリスクを補って余りある利回りを提供している。現在のマクロ経済環境は、住宅ローンの借り手の多くに影響を与え、CRT証券の裏付けとなる住宅ローン・プールの信用リスクを高めたことは間違いない。しかし、この市場は引き続き多くの理由から魅力度が高い。実際、企業の信用サイクルが後退局面にあるとみられるのに対し、CRT証券は堅固なファンダメンタルズを維持し続けている。
ファンダメンタルズの議論に移る前に、そもそもCRT証券とは何であるかをおさらいしよう。
CRT証券とは?
CRT証券は通常、GSEと呼ばれる政府系住宅機関であるファニーメイとフレディマックによって発行されている。典型的な政府機関不動産担保証券(MBS)と同様に、各CRT証券は何千もの異なる住宅ローンのプールから成り、投資家は裏付けとなるローンのパフォーマンスに基づいて定期的なペイオフを受け取る。重要な違いは、CRT証券には元利払いに政府保証がない点である。したがって、多数のローンがデフォルトした場合には、投資家は一定の損失を被る可能性がある。
CRT証券は複数のトランシェに分けて発行される。格付の低いトランシェが最初に損失を吸収し、損失がより深刻な場合には、続いて格付のより高いトランシェが損失を被る。なお、逆に期限前償還があった場合は、最も格付の高いトランシェが最初に償還金を受け取る。発行体であるGSE自身も一定の信用リスク負っているため、CRT証券はリスク・シェアリング債と呼ばれることもある。
裏付資産となる住宅ローンは、エージェンシー・モーゲージ・パススルー・プール、つまりいわゆる政府機関MBSに含まれているものと同じで、GSEの基準に適合した信用力の高い借り手が対象となっている。
住宅市場は堅調
CRT証券の見通しをサポートする重要なファンダメンタル要因の1つは、住宅ローンの貸出基準が2008年以前に比べてはるかに厳しいことである。例えば、CRT証券の裏付資産である住宅ローンの借り手のほとんどはFICOスコアが750以上である。リーマンショック以前の住宅ブームのピーク時には、同スコアが600~700の範囲の借り手の割合がはるかに高かった。FICOスコアは300から850の範囲の数字で表される借り手の信用リスク指標で、650以上のスコアは非常に良好な信用履歴(クレジットカードの返済履歴など)を示している。
貸出基準の厳格化の結果、個別の住宅ローンのレベルにおいても、収入に対する負債額が大きい個人とLTV(ローンに対する物件価値)が低い物件の組み合せのように、複数のリスク要因が積み重なることで全体的なリスクが更に増す「リスク・レイヤリング」も大幅に減少した。
リスク・レイヤリングは、先の住宅危機の際には民間組成の証券化商品において多額の損失が発生する原因ともなった。CRT証券では基本的に裏付資産となる住宅ローンにおいてこうしたリスク・レイヤリングを排除しており、また市場全体でもそれを回避する傾向が広がっているため、信用力の質は向上している。
こうしたローンの質的な改善に加え、今日の住宅市場は非常に強い需給に支えられている。2008年の暴落前の住宅市場の状態と比較すると、投機的な物件の建設が見られないため、足元の住宅在庫レベルは歴史的な低水準にある(図表1)。
これにはミレニアル世代の世帯形成による需要の増加も関係している。住宅需要は、住宅ローンの購入申込件数の増加からも分かるように、急速に新型コロナウイルスの感染拡大以前の水準に戻りつつある。これが、最近の住宅価格の堅調な推移や、パンデミックの最中においてさえ一部では住宅価格が上昇していたことの理由の1つである。ABでは、景気後退が続けば住宅価格は5%-10%下落すると予想しているが、良好な需給要因に支えられ、それ以上の価格変動は起こり難いであろうと評価している。
政策対応がデフォルトを抑制
米国政府による財政措置と低金利も、デフォルト・リスクの低減に役立っている。
3月に成立したCARES法の下では、新型コロナウイルス感染拡大結果として経済的困難に直面している借り手は住宅ローンの返済を最長12カ月間繰り延べできるようになっており、それはデフォルトとしてカウントされたり、クレジットスコアに影響を与えたりすることはない。これによりCRT証券のローン・プールのデフォルトが抑制される。
さらにこの結果として、ローンのデフォルトによる住宅の投げ売りが抑えられる。こうした政府による支援策の規模とスピード感(返済猶予プログラムは、危機発生から数週間で発表された)は、住宅価格の下落を抑制するのに役立つであろう。
前回の危機では、住宅価格が20%程度下落し、市場が崩壊してから2年後の2010年になってから返済猶予措置が発表された。その時点では、既に多くの借り手が自宅の資産価値がマイナスになっていることを認識していたので、返済を遅らせるよりもローンをデフォルトさせて不動産を手放す方が合理的な選択となる状況になっていた。
今日、多くの借り手は住宅価格がローン残高を上回るため、経済状況がさらに悪化した場合、ローンのデフォルトではなく住宅の売却を選択するインセンティブがはたらく。
また、低金利は住宅所有者にローンの借り換えを促すことで、デフォルト・リスクを軽減するのに役立っている。住宅所有者が住宅ローンの借り換えを行うと、そのローンは 期限前償還としてCRT証券のローン・プールから取り出される。これが増えることで、プールからは、更なる経済状況の悪化によってデフォルトに陥る可能性のある住宅ローンが少なくなる。
借り換えと返済猶予は、潜在的なデフォルトを抑制するのに役立つが、証券のペイオフ特性に影響を与える可能性があることから、投資家にとっては別の意味合いも出てくる。
例えば、借り換えが行われた際に発生する期限前償還はCRT証券の残存期間を縮める一方、返済猶予はこれを延ばすことになる(多くの住宅ローンの借り手が返済猶予を要求した場合、投資家がクーポンの支払いを受ける期間は長くなるが、元金の返済は遅延する)。全体としては、年初にABが予想していたよりもCRT証券の残存期間は短くなると考えている。現在CRT証券は額面よりも低い価格で取引されているため、これにより価格がより早く上昇し、目先のリターンを押し上げる可能性がある。
より保守的な前提を置いても、バリュエーションは魅力的
現在の環境を考慮して、ABではより保守的な前提条件のもとで見通しを修正した。失業率がいったん20%まで上昇した後8%-10%で推移し、住宅価格の下落率がリーマンショック当時の下落幅の半分程度になるという前提のもとで 、住宅ローン・プールの損失が3-4倍になることを想定している。
この高い予想損失額をもってしても、現在のCRTのスプレッド(図表2)はそれ以上のリスク・プレミアムを含んでいる。さらに、多くの CRT証券(特に古いヴィンテージのもの)においては、これまでの住宅価格の上昇による信用補完によって、この程度の損失は十分にカバーされるとみている。
CRT市場は3月に暴落したものの、米連邦準備制度理事会(FRB)のプライマリー・ディーラー・クレジット・ファシリティ・プログラム(PDCF)に投資適格のCRTが含まれたことなどに助けられ、一定の回復を見せている。
この回復は、劣後性の低い投資適格のトランシェから始まり、より広範なものとなりつつある。足元では、投資家がコロナウイルス危機以前と比べ数倍に上る水準にあるスプレッドの恩恵を受けようとしているため、より古いヴィンテージのエクイティ・トランシェでもリバウンドが見られるようになってきた。
さらに直近では、GSEが、返済猶予プログラムの利用を申請しながらも引き続きローン返済を行っている住宅所有者(プログラム全体の30-40%に相当)については借り換えを許可すると発表したことも追い風となっている。
CRT市場は徐々に回復しているものの、ハイイールド社債のような急速なリバウンドとはなっていないことから、今後の上昇余地があるとみている。実際、保険会社やプライベート・エクイティ・ファンドなど多くの投資家が、CRT証券のバリュエーション妙味に着目し始めており、今後CRT市場への資金流入が増え、先行して回復している他市場に追い付く可能性を示唆している。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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