ロシアのウクライナ侵攻は世界を揺るがした。大規模な人道的危機からエネルギー・ショック、食糧の供給不安に至るまで、その波紋は身近なところから遠くまで広がっている。たとえ紛争が明日終わったとしても、侵攻は世界に永続的な影響をもたらす可能性がある。ただ1つ確かなことは、地政学的な緊張が高まる中、短期的に高いボラティリティが続くことである。本稿では、債券投資家が留意すべき最大のリスクと、それに対処する戦略について考えてみたい。
 

悪化するインフレ

紛争は必然的に食料品価格を押し上げる。ロシアとウクライナは合計すれば世界の小麦輸出の4分の1以上を占め、ロシアは世界の窒素肥料輸出の13%を占めている。エジプト、インドネシア、ブラジル、トルコなど、ロシアとウクライナからの輸入に大きく依存している新興諸国が最も大きな影響を受けることになりそうだ(以前の記事『ロシア侵攻によるエネルギー・ショックが迫る金融政策の見直し』ご参照)。
 
テクノロジーの価格も上昇しそうだ。ウクライナのオデッサを拠点とするある会社は、コンピューター・チップの生産に用いられるネオンガスの65%を供給している。それが滞れば、先進国に最も大きな打撃を与えることになりそうだ。
 
そうした中でも、エネルギー・ショックがあらゆる局面で最大の影響を及ぼすことは間違いない。国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアは世界第3位の産油国で、世界最大の原油輸出国である。ロシアだけで欧州のエネルギー需要の約40%を賄っている。短期的には、エネルギー価格の上昇はスタグフレーションを引き起こす。つまり、短期的には物価を押し上げるが、物価高で消費者が支出を抑制せざるを得なくなるため、いずれは成長率を押し下げることになる。
 

分かれる中央銀行の対応

これらのインフレ要因により、中央銀行は2022年初とは異なる状況に置かれている。ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った時、インフレ圧力はすでに高まっており、多くの新興国は引き締めサイクルを進めていた。今日、中央銀行が適切な行動を取れるかどうかは成長とインフレのバランスにかかっており、それは地域によって異なっている(以前の記事『Global Macro Outlook – Second Quarter 2022』(英語)ご参照)。
 
米連邦準備制度理事会(FRB)は2022年3月中旬に25ベーシス・ポイントの利上げに踏み切った。これは2018年以来初の利上げで、FRBは積極的な引き締めを辞さないことも示唆した(以前の記事『FRBはインフレ引き締めの準備が整った』ご参照)。FRBは2022年下半期も連邦公開市場委員会(FOMC)のたびに利上げを続け、バランスシートの縮小にも近く着手すると思われる。FRBは戦争によって経済と政策の見通し変更が必要になるかどうか、見極めたいと考えるだろう。
 
一方、欧州中央銀行(ECB)は量的緩和プログラムの縮小ペースを加速させる考えを表明した。この決定は、1)何もせずウクライナ危機の成り行きを見守る、2)悪化しそうなインフレに対処するため積極的な措置を講じる、という両極端の中間的な性格を持っている。インフレ目標はECBの責務の中核を成すもので、ECBは今後に備えてあらゆる選択肢を確保しておきたいと考えている。
 
アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)は、このECBのアプローチにより既に急速に悪化している経済状況がさらに悪化する危険性があると考えている。ECBによる予想外にタカ派的な姿勢に市場はどう反応しているのだろうか(以前の記事『驚きのECBテーパリングは、経済的リスクを伴う』ご参照)? 金利が上昇し、ユーロ圏周縁諸国のスプレッドが拡大し、株価が下落している。こうした動きには、現在の経済状況にはそぐわないと思われる金融引き締めが反映されている。ABはユーロ圏の経済見通しについてもっと楽観的になるには、地政学的な状況の改善が必要ではないかと考えている。
 
新興国の中でも、一部の中央銀行はとりわけ厳しい状況に追い込まれている。中南米や東欧では全般にインフレ圧力が深刻化しており、政策当局者はすでに金利を引き上げている。食糧や燃料価格の上昇が続く中、新興諸国は経済的打撃、社会不安、財政再建の遅れなどによる影響を受けやすい可能性がある。
 

中国は困難に直面

市場の関心は中国にも向けられている。中国は、ウクライナ侵攻で新たな注目を集めているロシアとの関係、国内の不動産セクターに影響を与える独自のニュース、コロナウイルス感染の急増という3つの難題に直面している(以前の記事『中国が直面する3つの課題』ご参照)。
 
このうち、2022年の中国GDP成長率に関するABの見通しにとって、最大のリスクは新型コロナウイルスである(以前の記事『2022年中国見通し:寅年の中国経済』ご参照)。今回の流行は、2022年3月と第1四半期の経済活動に重くのしかかると思われる。それ以降にどんな展開をたどるかは、中国政府がいかに迅速に感染をコントロールし、成長への打撃を和らげるためどれほど大規模な追加支援策を講じるかにかかっている。
 
今のところ、ABは2022年の成長率見通しを5.3%に据え置いている。ABの分析では、成長率が5%を割り込むのを中国政府が容認する確率は低い。なぜなら、中国政府は依然として年間5.5%前後の成長目標を掲げており、それを実現するため多くの政策手段を持っているからである。だが、新型コロナウイルス感染の動向は予想しにくいため、ABは引き続き状況を注視していきたいと考えている 。
 

投資のスポットライト: ハイイールド社債

成長見通しの鈍化、金融引き締め、フラットなイールドカーブ(以前の記事『米国逆イールド環境下の投資戦略』ご参照)は通常、ハイイールド社債のようなグロース資産にとって逆風となる。しかし、足元は先進国市場のハイイールド債が極めて魅力的に見えるいくつかの理由がある。
 
第一に、ハイイールド社債は長期的に強力なファンダメンタルズを備えた状態で現在の環境を迎えた(以前の記事『グローバル社債は底堅いファンダメンタルズで利上げ局面を乗り切る』ご参照)。先進国市場のハイイールド債は新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われる2年前に、一度デフォルト増加の局面をくぐり抜けている。この苦境を切り抜けたハイイールド企業は、財務が良好な状態にある。注目すべき点は、これらの企業はエネルギーへの依存度がそれほど高くないため、エネルギー価格高騰の影響を受けるかもしれないが、信用力の低下につながるほど打撃を受ける可能性は低い。一方、消費者と企業のバランスシートは依然として健全で、社債の発行体にとって景気減速に対する緩衝材となっている。その結果、デフォルトは今後12カ月にわたり、歴史的に見て非常に低い水準にとどまると予想される。
 
第二に、現在は信用スプレッドが拡大しているため、ハイイールド債は適正な価格水準にある。市場はデフォルトを懸念していないため、デフォルト・リスクに対するプレミアムは要求していない。だが、ボラティリティに対するプレミアムは歴史的な高水準にある。つまり、市場のボラティリティが現在の水準から低下すればスプレッドも縮小し、逆に市場のボラティリティが上昇すれば、スプレッドも拡大する可能性が高い。地政学的緊張が高まっていることから、仮にウクライナ紛争が明日終結したとしても、ボラティリティはしばらく高止まりし、スプレッドはワイドな状態が続くと予想される。こうした環境では、債券のクーポンを集める「キャリーの確保」が有効な戦略となる。
 
第三に、現在の利回り上昇は、ハイイールド債(及び他のハイインカム資産クラス)のリターンが上昇することを意味している。歴史的に見ると、米国のハイイールド・セクターの最低利回りは、その後5年間のハイイールド・セクターのリターンを示す信頼性の高い指標となってきた。実際、米国のハイイールド債は、世界金融危機という、これまで最も厳しかった経済及び市場の混乱期にも、予想どおりのパフォーマンスを示してきた。この期間を通じ、当初の最低利回りと将来の5年リターンの関係は安定していた。ハイイールド債は、他の資産ではほとんど得られない安定した収益源を提供している。

 

今日の波乱局面に対処する戦略

ここで、アクティブ運用の投資家がこうした環境にどう挑戦できるかについて考えてみたい。
 
ハイイールド社債に傾斜する: 大半のリスク資産は利回りがこれまでに比べ上昇しており、投資家が長い間待ち望んでいた投資機会が到来している。新興国債券や証券化商品などハイインカム・セクターの中で比較しても、先進国のハイイールド社債はとりわけ魅力的に見える。ブルームバーグ米国ハイイールド社債指数の最低利回りは平均6%前後で、長期的なファンダメンタルズは依然として好ましいため、長期的な視野を持つ投資家は短期的なドローダウンを乗り切ることができる。
 
ダイナミックに行動する: アクティブ運用マネジャーは、他の投資家が目先の動きに反応する中で、急速なバリュエーションの変化や一瞬の投資機会を捉えるため、とりわけアクティブな体制を整えておくべきである。
 
適切なアプローチを選択する: 世界のマルチセクター・アプローチは、投資家が状況やバリュエーションを注視し、状況に応じてポートフォリオ構成を変更できるため、急速に変化する市場環境に適している。最も効果的なアクティブ戦略の1つは、政府債や他の金利動向に敏感な資産と成長志向のクレジット資産を組み合わせ、単一のポートフォリオでダイナミックに運用する手法である。
 
このアプローチは、運用マネジャーが金利リスクと信用リスクの相互作用を把握し、それぞれの時点でどちらの方向に傾斜すべきか、より適切な判断を下すうえで役立つ。相関関係がマイナスの資産へリバランスしていく能力は、リスク資産が売り込まれた場合のドローダウンを抑えながら、インカムや潜在的なリターンを創出するのに寄与する。

 

新たな世界秩序: ロシアの侵攻は永続的な影響をもたらす

戦場の霧に包まれる中で、我々の住む世界や投資が紛争でどう変わるのか、明確に焦点を当てることは難しい。しかし、投資家にとって、今後何年にもわたって国や企業を分析し、ポートフォリオを構築する方法を間違いなく変えていくとみられる永続的な問題にについて、検討を始めるのに早すぎることはない(以前の記事『ウクライナ侵攻: アクティブ運用への長期的な影響を考える』ご参照)。
 
例えば、欧州はどう変化するのだろうか?欧州諸国がエネルギー戦略を見直す中で、再生可能エネルギーへの移行が加速するのだろうか?ロシアが欧州市場から締め出された場合、彼らは石油やガスを中国や他のアジア諸国に振り向けようとするのだろうか?戦争は、ESGを重視する投資家の防衛企業に対する考え方を変えるのだろうか?
 
今後は、コモディティ市場では原材料や輸送及び精製能力に大きな変化が生じ、今とは大きく姿を変えるかもしれない。脱グローバリゼーションの動きが加速する可能性もある。多くの国々が生産を自国に戻した場合、何が起きるのだろうか? これらは、ABの運用チームが検討を始めている複雑な問題の一部に過ぎない。
 
今のところ、債券投資家には、長期的な視点でバランスを保つよう促したい。足元は過度に投資スタンスを動かして短期的にリスクを引き下げることも辞さない投資家がいるような局面だが、より長い目線に立つことで投資家は目先の出来事に過剰反応するのを避けることができる。
 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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